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オアシス・マネジメントが東京ドームに怒った理由

1.はじめに

11月26日夜くらいから突然にぎやかになったニュースの1つが、三井不動産グループによるTOBでの株式会社東京ドーム買収。11月27日に正式合意に至り、プレスリリースでも発表された。報道によれば、買収価格は1,205億円とされている。TOB価格は1株1300円で、11月26日の終値897円に約45%のプレミアムが加味された形である。
(参考)
https://news.yahoo.co.jp/articles/4c9c3d4cd495a467084e10ceb6fb96d9b8e4634a?page=1
https://www.mitsuifudosan.co.jp/topics/201127_02/

このTOBの動きの背景にあるのが、筆頭株主である香港のヘッジファンド「オアシス・マネジメント」への対抗。11月下旬時点で、オアシス・マネジメントは東京ドーム株式の9.61%を所有する筆頭株主である。オアシス・マネジメントは、東京ドームとの対立姿勢を強め、10月には社長の取締役3人の解任を議題とする臨時株主総会の開催を求める書簡を送付している。三井不動産グループによるTOBは、この「オアシス・マネジメント」に対するいわば「ホワイト・ナイト」としての役割がある。
株式会社東京ドームの2020.1期有価証券報告書に記載の、オアシス・マネジメントの株式の保有状況は以下の通り。

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では、なぜ「オアシス・マネジメント」は、東京ドームに対して怒っているのか??今回はそこに焦点を当てる。

2020年2月にまとめられた、オアシス・マネジメントの東京ドームに対する批判、改善提案は、以下の「A BETTER TOKYO DOME」サイトにまとめられている。これは英語版だが、日本語版・英語版両方のPDFファイルもここから入手できる。
https://www.abettertokyodome.com/a-better-tokyo-dome
日本語版の表紙は以下。

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2.野球場だけでない「東京ドーム」の事業範囲

株式会社東京ドームの事業範囲は、巨人が本拠地とする野球場である「東京ドーム」だけではない。アトラクションや温浴施設などからなる「ラクーア」、場外馬券売り場の入った「黄色いビル」、東京ドームホテルを含む一帯の「東京ドームシティ」、「熱海後楽園ホテル」を核とした熱海のリゾート施設「ATAMI BAY RESORT KORAKUEN」、松戸競輪場、その他複数の不動産や流通施設、スポーツ施設の受託運営などで構成される。厳密には、その事業主体には複数の子会社も含まれる。

株式会社東京ドームの定義によれば、以下の通り。(出典:株式会社東京ドーム「2020年1月期決算(連結)説明会」P9)

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3.「株式会社東京ドーム」の経営

子会社を含む連結決算全体、東京ドームシティのエリアの2通りが出ている。2020.1期現在、2通りでは以下の通り。この決算時期の時点では、新型コロナウイルス流行の影響は出ていない。全体の営業利益率は決して悪い方とはいえないが、東京ドームシティで出した利益が他の事業でほぼ消えている。

【連結決算全体】
売上高 91,557百万円(前期比+5.1%)
営業利益 11,728百万円(前期比+2.1%)
営業利益率 12.8%(前期比△0.4ポイント)
EBITDA(償却前営業利益) 19,322百万円(前期比+13.2%)
償却前営業利益率  21.1%(前期比+1.5ポイント)
連結ROA:3.5%(前期比+0.1ポイント)
連結ROE:7.6%(前期比+0.9ポイント)

【東京ドームシティ】
売上高 69,677百万円(前期比+3.0%)
営業利益 11,591百万円(前期比+5.4%)
営業利益率 16.6%(前期比△0.5ポイント)
EBITDA(償却前営業利益) 17,609百万円(前期比+13.2%)
償却前営業利益率  25.3%(前期比+0.4ポイント)

なお、コロナ禍の影響を受けた2020年2月以降の収支は悪化。2021年1月期第2四半期の連結業績(2020年2月1日~2020年7月31日)をみると、連結ベースでみた売上は前年同期比△62.5%の17,025百万円で、5,435百万円の営業損失を計上している。

4.オアシス・マネジメントとは

オアシス・マネジメントは、2002年に設立された資産運用会社で、香港・オースティン・東京の3拠点に事務所を置いて40名以上のプロフェッショナルを擁し、アジアを中心とした世界各国に投資している。現在のCIO(最高投資責任者)は、設立者でもセス・フィッシャー氏である。その重点地域の1つが日本で、日本に特化した「オアシス・ジャパン・ストラテジック・ファンド」を設立し、「物言う株主」としても知られ、2019年にはサン電子の株主総会で自らの株主提案を通し、2020年6月には、安藤ハザマ、フジテック、三菱倉庫の株主総会で株主提案を行っている。ごく最近では、11月25日に、ココカラファイン株の大量保有が判明した事例もある。

(参考)
https://ja.oasiscm.com/
https://maonline.jp/articles/oasis-management
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-06-12/QBR0Y5T0AFB401

5.プロ野球チームの巨人は怒りの矛先ではない

日本シリーズでソフトバンクホークスに惨敗したばかりのジャイアンツ。「オアシス・マネジメント」の怒りの矛先はこのジャイアンツに向けられているのではという人もいそうだが、そうではない。上記オアシス・マネジメントの報告書でもジャイアンツのチーム成績のことは全く触れられていない。
そもそも、巨人の本拠地球場の東京ドームは巨人の持ち物ではなく、巨人は株式会社東京ドームから施設を借りるという立場にある。巨人の試合の入場料収入は全部巨人のものになるが、見に来た人が球場で購入する飲食物の収入は株式会社東京ドームのものになる。オアシス・マネジメントの関心は株式会社東京ドームの資産を通して得られるキャッシュフローであり、これに関係ない部分への関心はあまりない。巨人が優勝しても、最下位になったとしても、直接的にはオアシス・マネジメントへのキャッシュフローには影響はない。

もっとも、観客の増減により、間接的に飲食の収入の増減に影響するはず。後記の通り、同オアシス・マネジメントも高級席の増設を提言しているとともに、これと合わせ巨人にもメリットがあることにも触れている。


6.怒りの矛先:新規投資・スポンサー活用・経営意欲の欠如

では、オアシス・マネジメントが株式会社東京ドームのどこに怒っているのか?
まとめると、IT化やアップグレードなどの新規投資、ネーミングライツなどのスポンサー活用、さらに旧態依然とした経営陣の意欲の欠如となる。そして、立地、プロ野球球団ジャイアンツの魅力、プロ野球の観客動員増加、訪日外国人の増加、東京都のGDPの伸びを取り込めず、「コト消費からモノ消費」というトレンドの変化に乗り遅れているため、収益機会を大きく逃がし、結果株価は低迷していると批判している。

オアシス・マネジメント作成資料によれば、「なぜ株式会社東京ドームはアンダーパフォームなのか」ということにつき、以下に概括している。(出典:「より良い東京ドームへ」2020.2)

●東京ドーム
・デジタルサイネージ(注)未導入
・命名権契約・スポンサー契約が不在
・テクノロジー投資不足
・飲食販売戦略が脆弱
・プレミアシートの提供が不十分
・イベントの運営日程構成が適切でない
(注)表示と通信にデジタル技術を活用して平面ディスプレイやプロジェクタなどによって映像や文字を表示する情報・広告媒体

●ホテル
・不十分な投資
・運営ノウハウの欠如
・ビジネス団体客への戦略が欠如

●アミューズメント施設
・時代遅れのアトラクション
・パークでの消費額は極めて少額にとどまる
・テーマ性なし

●ノンコア資産
・経営資源がノンコア資産に分散
(熱海後楽園ホテル、松戸競輪場)

●コーポレート・ガバナンス
・高い割合を占める固定給
・取締役会の独立性の欠如
・取締役会の多様性の欠如
・取締役会議長と社長の兼任

ホテル、アミューズメント施設、ノンコア資産、コーポレート・ガバナンスに関しては、球場の特異性に関わりなく、日本の類似の低迷施設に関してよく言われることで、熱海後楽園ホテル、松戸競輪場は売却も視野に入れるよう提言されている。

7.球場「東京ドーム」に関する具体的課題、対案

以下、この報告書で最もページが割かれている、球場施設「東京ドーム」に絞る。ここでは、最初に、来場者1人当たりの売り上げが2013.1期~2019.1期にかけて、3,500円と全く増加していない点が指摘されている。

球場内広告については、依然アナログ看板で、Paypayドーム(報告書作成時は福岡ヤフオクドーム)などにあるような、LEDサイネージを使ったデジタル広告が使われず、収益機会を逃していることを問題視している。報告書では、LEDサイネージの導入やその具体的な個所の提言が行われている。なお、広告に関する問題の1つとして、以下のことも指摘している。
「弊社の調査によると、スポンサー間のコンフリクトが原因で、東京ドームはラグビーワールドカップ2019 日本大会と2020年の東京オリンピックの会場に選ばれず。デジタルサイネージがスポンサー間のコンフリクトリスクを低減させうると思料。」

東京ドームは、球場の命名権契約がないために数十億円の収益機会を失っていること、その他全くスポンサー契約を行っていないこととも問題視。「あらゆる方法で命名権の価値の最大化」を必要としている。

テクノロジー投資の不足も指摘。直近15年では2005年、2016年、2017年に部分的な技術投資しか行われなかったことほか、Eチケットがなく紙チケットしかないために入場が混雑、モバイルアプリの欠如、飲食施設のモバイルPOSや電子メニューの欠如、WiFi環境の悪さがあげられている。客単価の向上や食事スペース・立食エリアの拡大、行列や注文時間の短縮も求めている。

ホスピタリティの欠如も問題点の柱。その理由として、「東京ドームのホスピタリティは、国際的なベストプラクティスに沿ったものではない。その理由はおそらく、座席収入の多く がジャイアンツに帰属するからとみられる。」ことがあげられている。ここで求められるのがプレミアムシートの構成見直して、より高級なシートを増やして単価を上げ、その収入が東京ドームにも入るとともに、飲食収入の上昇にもつなげるよう求められている。具体的には、プレミアムラウンジの設置やラウンジスペースの拡張、社交ゾーンの設置、食事込みパッケージの用意などだ。

一例を挙げると以下の通り。
・ダイヤモンドシート(150席)にトップレベルのプレミアムラウンジを整備、年間通しての購入も可能とする。改装費用は英米の類似事例によれば1~2億円。
・1席、1年間あたりの単価は、220万円から300万円に引き上げ
・この席の収入は330百万円→450百万円に増加
・飲食セグメントも含めた巨人の増収は4.5億円、東京ドームにはケータリングによる増収を見込む。


イベントの内容にも注文が付けられている。ターゲットはプロ野球やコンサートを除く野球の試合やイベント。報告書内では「その他野球」「その他イベント」とされている。これを、利益率の高いコンサートやEスポーツイベントに入れ替え利益を最大化し、飲食収入の増加にもつなげるよう促している。


8.的確なオアシス・マネジメントの指摘=Paypayドームとの比較

オアシス・マネジメントが指摘する問題点は、実はよく見ると多くの部分が当たっている。これらの課題は、東京ドーム建設後に新設された多くの球場が取り入れて、また改善を繰り返している点だ。

そのいい例がPaypayドーム。デジタル広告や飲食スペース、VIP席の設置など、東京ドームが指摘されている問題点の多くがクリアされている。同球場は、段階的に改修が行われ収容人数は次第に増加していった。2012年にソフトバンクが870億で取得した後は改修がより大規模になり、2019年シーズン前には大改修が行われた。
2019年の改修の内容は、以下のサイトで観ることができる。
https://www.softbankhawks.co.jp/ex/30th/ayumi/

改修の詳細はWikipediaに出ているが、とても載せられない。周辺には、2020年7月に複合エンターテインメント施設「BOSS E・ZO FUKUOKA(ボスイーゾフクオカ)」が開業した。2018年7月には、これまでのホークスタウンに代わり商業施設「Mark is 福岡ももち」が新たにオープンした。福岡ソフトバンクホークスは「野球チーム運営会社から総合エンタメ企業への転換」を目指している。

オアシス・マネジメントも、Paypayドームの事例はわかっているはず。これがなぜ東京ドームにできないのだ、と業を煮やしているのだろう。

9.今後は

三井不動産のTOBに対し、オアシス・マネジメントはどう動くか?オアシス側はすでに3人の取締役の解任に係る株主提案を準備、12月17日に臨時の株主総会が開催される運びとなった。東京ドーム側は、このオアシスの株主提案に反対の意思を示している。
東京ドームの行方はどうなるかわからないが、いずれにしろ、利用者にとって使いやすく楽しめる空間が一番。運営形態の在り方は、この空間づくりを一番しやすい形は何か、というところから逆算すればいい。あとは地域に密着していくことは欠かせないことか。この点、三井不動産は、東京ドームの完全子会社化後、読売新聞グループ本社に株式の2割を譲渡し、3社間で資本業務提携契約を結ぶ予定にしている。これにより、球団と球場の一体運営が容易になる面では、一歩前進ともいえるか。

なお、三井不動産による買収劇の内幕として、以下の東洋経済の記事も出ていた。
「三井不動産、「東京ドーム買収劇」までの内幕 買収の先に見据えるのは後楽園再開発?」
https://toyokeizai.net/articles/-/392037

ちなみに、TOBの期間は11月30日から2021年1月18日までで、応募が買い付けを予定している株式数の3分の2を下回った場合は不成立となる。
(参考)
「三井不動産が東京ドームにTOB 巨人の長年課題、球場と球団の一体経営が実現へ…読売新聞グループと資本業務提携」
https://news.yahoo.co.jp/articles/7466967b8ae9d52c4443ba9017d40a7335c17fb6

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