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ジグゾーパズルの欠片

さっきまでの騒がしさが嘘のように、
店内が夜の静けさに包まれる。

穂希さんが暖簾をしまうのを横目に、
華奈維はテーブルを拭きから締め作業に取り掛かった。

接客以外は無駄な動きがないように、というのがこのお店の決まりだったが、
唯一、締め作業の最後の、食器拭きだけは談話が許された時間だった。

「誰かになりたいとかは思わないんです。
私は私でいいんです。」

華奈維はカトラリーを拭きながら、今日のお客さんを思い出して話し出した。

「だけど時々、持ってないモノを欲しくなる時があります。
他の人は当たり前に持ってるモノを見て、悲しくなります。
何で私にはないんだろうなって。
それは他が満たされてるからって、なくてもいいやって思えないんですよ。
パズルのピースみたいに、そこのピースが欲しいんです。
ピースが全部揃ったって、幸せになれるかどうかなんて分からないのは知ってます。
だけど、ピースが全部揃った時の絵、見てみたいじゃないですか。」

どんな話しもお皿を拭く手を止めない穂希さん。
相変わらずお皿を拭き続けていていたが、少し眉間に皺を寄せて言った。

「人生はパズルじゃないよ。」

穂希さんの目線がお皿から華奈維の瞳に向く。

「持ってるモノも、持ってないモノも、
あなたを成形してる。」

「じゃあ、私はそのピースを手に入れる為に、変わらなければならないんですね。」

穂希さんは拭き終わった食器を片す為立ち上がった。

「大事なのはパズルを完成させることじゃない。
この世には未完成のパズルの方が多いということを知ることだよ。」

カチャカチャっと食器の音が、店内に響く。
華奈維は穂希さんの方を見た。
穂希さんは毎回食器をしまう位置が違う。
ここまでどんな人生を送ってきたのだろう。
穂希さんの背中は、華奈維より何倍も色々なモノを背負ってきたように見えるけど、彼女のパズルもまだ、未完成なままなのだろうか。

「ほれ、お茶でもいるかい。」

穂希さんは急須でお茶を淹れてくれた。

お茶の温かさが、夜の肌寒さにさらされた華奈維の身体に沁み渡った。

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