母の遺品整理で驚いたこと
高齢になるほどモノを捨てられず溜め込んでいくとはよく聞いていましたが、わたしの母も例外ではありませんでした。
丸2日ほどかかったでしょうか。母の遺品整理は予想以上に体力勝負となりました。さいわいにも手際よく、かつ不要なモノをパッパと普段から捨てるタイプの姉との共同作業だったので「いらん(=ゴミ袋行きの意味)」のひと声にどんどん部屋がかたづけられていきました。
難航したのは手紙や書類でした。万が一、大切な内容のものや振り込まなくてはならない請求書などがあってはいけないので、念のためすべてに目をとおしながら「いらん」か保管するかに選別していきました。
チェックしていた束のなかに見覚えのある字の手紙がありました。失恋し失意のどん底にいるさなか、わたしが母に宛てた手紙でした。
もう何年も前の、ターニングポイントとなったその失恋は、当時のわたしには受け入れ難い現実だったんです。母には彼を紹介していたしとても気に入ってくれていたので、ことの顛末や素直な気持ちを手紙にしたためていました。
驚きましたね。まさかその手紙をとっておいていたなんて。母もショックだったんだと思うんです。きっとなにか想うところがあって捨てられずにいたんでしょう。せつない複雑な感情が入り乱れながらも「いらん」と自分で処理しました。
ほかにも懐かしいものがでてきました。
小学校低学年くらいと思しきころ、母に送ったカード。
高校2年のときのホームステイ先から送ったハガキ。
20歳を過ぎたあたりで訪れたパリからのハガキ。
遺品を整理していて知ったのは、母には受けとった日をメモする(グリーンのペンで記した日付)習慣があったということでした。
バースデーカード、失恋の手紙、海外からのハガキは母のなかでは「とっておくもの」に分類されていたようです。
母が大切にとっておいたものを今度はわたしが引き継いでいきます。失恋の手紙は破り捨ててしまったけれど。