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サトウくんおはよう

 私は割と苦学生だった。高校に入学する年の3月からバイトを始めた。中学の卒業式の次の週くらいから。それからずっとバイトを続けて、高校の授業料、教科書、模試、その他もろもろの支払いをして、大学進学費用もできるだけ貯めていた。田舎から出たので一人暮らしを始めるための費用も。そして、大学の授業料を払うために常に何個もバイトを掛け持ちして、大学在学中もずっと自転車操業を続けた…(笑)よく続いたなぁって人ごとのように思う。忙しすぎてあんまり覚えていないのだ。卒業してから振り返って初めて「えぇ!?」と驚いた。

 と、そんな苦労話がしたいのではなくて、その数あるバイトの一つにコンビニがあった。大学進学に合わせて新天地で始めたバイトだった。ここでは朝と夕方のシフトを入れてもらっていたので、コンビニ→大学→コンビニ→寝る→コンビニ→大学・・・毎日結構な時間ここにいた(笑)本当はこの間に、ティッシュを配ったり、携帯電話を売ったり、スーパーのレジうちをしたり、学校の先生のお手伝いをしたり…and moreいろんなバイトに行ったり来たりしているんだけど、それはまた他の機会に…それに、このコンビニで出会った面白いお客さんの話もまた、いつか。

 店長とオーナーが少しクセのある人で、そのせいかオープンしてそんなにたっていないのにオープニングスタッフはあまり残っていなくて、夜勤や朝勤は特に出入りが激しいようだった。私が入った時には、朝勤は大学生の男の子が2人しかいなかったから、オーナーもシフトに入って回していたようだ。私が入って3人になったけどすぐに1人が辞めてしまって、また2人になった。でもなぜかオーナーはもう入ってくれなくて、2人で毎日シフトに入った。相方の名前は、サトウくん。

 私は彼氏と一緒に上京し、お互い家を近くに借りてできるだけ一緒に過ごす時間を作ろうとしていた。でも、私がバイトをたくさんしていたから、1時間くらい会えればいい方だった。朝起きたらすぐにバイトに行って、サトウくんにおはようと言って仕事をする。毎朝毎朝。もう家族のように毎朝。もはや私の「おはよう」はサトウくんのためにあった。

 毎朝「おはよう」と言って毎日2人で仕事してたら恋でも始まりそうだけど、残念ながらそんなストーリーは始まらなかった。究極にお互い興味がなかったのだと思う。でも、それがまた心地よく、だからわたしは出入りの激しいバイト先で最年長クラスになっていった。

 少しして、私はついにコンビニのバイトを辞めることになった。大学の近くに引っ越すことにしたのだ。ちなみにサトウくんは留年したのでまだバイトを続けていた。最後の日、打ち上げをした。楽しく別れた。

 翌朝、サトウくんに「おはよう」を言わない朝。あんなに朝起きるのが辛かったのに。少しでも寝ていたかったのに。その日はバイトに間に合う時間に起きた。そして6時。バイトが始まる時間。サトウくんはいつもギリギリ出社だったから、6時ジャストにレジに入る。「おはよう、サトウくん。今日も頑張ってね」わたしはつぶやいて、二度寝した。

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