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報われないかもしれない努力

努力は必ず報われる

とても好きな言葉だった

でも二年前、今までの人生の中で
これでもかってくらい努力したことがあった
自分と向き合って
とにかく頑張った 
自信を持ってそう言い切れるくらい

でもその努力があっけなく蹴っ飛ばされたとき
ぽっかり穴が空いた

初めて、努力は必ず報われるという言葉が嫌いになった

必ずなんて、ないじゃんって

継続して努力しても、たまに努力した人が目立ったり評価されたりする
それでもきっと自分のことを見てくれている人がいるはずだって言い聞かせたけど

ふと気がついた

あ、『きっと』なんてないんだな

きっとこう思ってもらえる
きっとこう感じとってもらえたであろう
きっと私は評価されている

そんなこと、都合よく起こらなくて
報われるか分からない努力を
分からないなりに継続していくしかないんだって

しかも今思うと、もっとこう出来たなとか
足りなかったなって思う
その時は精一杯だったのに

努力している自分は常に足りていない状態だって思うことが重要なのかもしれない

報われないかもしれないし
報われるかもしれない

そんな不安定な中で努力をするには

『努力しなきゃ、始まりも終わりもしないから。掴めたかもしれないと思うのは嫌だから。』
そう思うしかなかった

きっと報われる!
そう信じて努力することは卒業しました🎓

信じるっていうのは、怖いことでもあるから。

未来への不安がとても大きい。
考えると果てしないけど

報われる『かも』しれない未来のために

きっと未来の自分からしたら
全然足りない努力をして

これからも必死にもがこうと思う


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