【小説】猫と、交差点
交差点の信号待ち。
横断歩道の手前で私は、向こう岸にいる猫の姿を見た。
腹のあたりだけ白く、その他は焦げ茶色。短めの毛並みをこさえたその猫は、ぐでっとあたかも液体のようにアスファルトの上、寝そべっていた。
とても愛らしいその姿に私は微笑んだ。
どこを見ているのか、じっと一点を見つめて、かと思えばこちらと目を合わせてきて―。その瞳はきれいな黒で、つぶらに輝くそれにまた心を奪われる。
登校中のこの時だけは、心が安らぐ。
これまであった嫌なことも、これから迎える沼のような重たい時間も全て、あの猫を見るときだけは忘れられる。今日みたいに柔らかな風が流れる日なんかは、余計に素晴らしい。
その風が自然に口ずさんでいた私の鼻歌を攫って、どこかへ運んでいく―。と、顔を上げれば信号は青に変わっていた。
私は横断歩道を渡りきって、更に自分の視界の追えるギリギリまで猫との時間を空間を過ごした。
猫の方は相変わらず私に興味があるんだかないんだか、それでもそれが私にとって心地良い。
最後、本当に私の瞳から猫の姿がなくなる寸前、猫が大きく口を開けた。多分あくびだろう。
そこで私の胸に何かが刺さったようで苦しくなった。決してナイフといった刃物の類ではない。何が刺さったのだと胸部を見ても、自分の寂しい胸が板のように横にあるだけ―。
私に刺さったもの。
それは猫の強さだった。
ずっと、可愛いと、どこか下に見ていたんだと思う。私が唯一心配できて、優しさを向けられる対象。
けれどさっきのあくびで吐いた息とともに露わになった鋭い歯。
猫は本当は強かった。
どこまでも弱い私と違って…。
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