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■児童精神科医として見る児童虐待のこと
私は児童精神科医として「児童虐待」を専門としています。なぜ、児童虐待を専門としているのか? それは虐待されている子どもの気持ちも、虐待してしまう親の気持ちもわかるからに他なりません。教育面での半端ないプレッシャーを受けながら育った経緯もありますし、発達障害を持つ娘を持ち、子育てに悩む毎日を過ごす私ですから。

小児科もしくは救命救急をしていれば、嫌でもかかわる児童虐待がどこの家庭でも起こりうるということを。実は児童虐待に関する講義をすると、みなさん驚かれます。それは先入観からでしょうか? いいえ、私はみなさんが事実を知りたくないからだと思います。

これは私が児童精神科医として駆け出しのころに経験した「画像診断ヒヤリハット」です。

「福祉行政報告例」によると、2019年度の児童相談所で受けた虐待相談対応件数約19万件のうち、「主な加害者」として最も多かったのは「実母」で48%を占めます。次いで「実父」が41%。つまり実の父母で9割を占めることになります。

ですが、世間一般では、実の両親が虐待をしているという印象は少ないのではないでしょうか。それは虐待の加害者として「実母の内縁の夫」や「実母の交際男性」が、社会問題として報道されることが多いためなのかもしれません。しかし現実は、相談件数もそうですが、実際に虐待の加害者として、心理的虐待、身体的虐待、ネグレクト、性的虐待等々、やはり実の両親からの虐待が多いのです。これは、現場にいる私だからこそ、自信を持って言えることです。

■夜間診療にやってきた3歳の女の子
ここからは実際に起こった話をお伝えしたいと思います。

3歳の女の子。主訴は頭部打撲。転倒して側頭部を受傷したとして母に連れられて夜間の救急外来を受診しました。小児科医として当直をしていた私は、診察して頭部レントゲン撮影しました。

頭部レントゲンでは頭部には縫合線があり、これと頭蓋骨骨折の鑑別は容易ではありません。小児ではとくに鑑別は困難なものです。正常に見えるべき縫合線を確認し、それとは別に外傷の部位にひびがあれば骨折を疑うわけですが、小児では頭部CTも容易には撮像できないため、儀式的というかエチケットで頭部レントゲンを行うことになってしまうことがあります。

しかし、この女の子は頭部の外傷部位を確認しているときから、様子で気になることがありました。診察をすると悲鳴を上げていやがる。視線の合いづらさがあったのです。出ている言葉は単語レベルでした。明らかに言葉の遅れがある。かかりつけ医から市の発達センターに紹介されて、経過観察をしているそうでした。夜間救急外来のため診察室も騒がしく、子どもの発達の遅れについては、今回の受診とは関係もないことから話したくなさそうでした。

頭部レントゲンで明らかな異常はなく、嘔吐したり神経所見もない。
緊急性がないのであれば、微々たる骨折があったとしても経過観察でしょう。
予想通り、頭部レントゲン写真では明らかな異常はありませんでした。
救急外来は、すぐに方針を決めなければ、どんどん待ちの患者さんが増えていってしまいます。

「ねぇ、これ虐待とかじゃないよね?」
私は看護師と救急医に相談しました。頭部レントゲンは原則、ダブルチェックなのでレントゲンを見ながら救急医も問題ないと判断。
「お母さんが心配して病院に連れてきているんだから虐待なわけないんじゃないの?」
私の疑問に対して、そう言われました。
「そうか・・・」
と、なんとなく腑に落ちませんでしたが、何だか私が厄介事を持ってきた雰囲気になっていたので、その場でそれ以上言及するのをやめました。救急外来では数をこなすことが何より優先されるのですから。

頭部外傷で緊急性なし。帰宅して大丈夫という判断にすれば、全てが丸く収まったのですが、なぜか、その時はそう思えませんでした。

もうちょっと話を聞こう・・。看護師のため息が聞こえそうでした。

診察時間が長くなり、子どもは診察室のドアを開けて出ようとします。お母さんが、「ねぇっ。本当もうやめて!」と怒鳴りながら手をあげ、子どもはとっさに自分の手で頭を守りました。それを見た私は、もう黙っていることはできません。

「すみません。お子さんの身体の診察もしていいですか?」
「え?」
母親は驚いた表情をしていましたが、母親の返事を待たずに私は子どもと向き合います。

「診察するよー」
私は看護師に目で合図をして、看護師とともに子どもの診察をしました。すると、身体にはあざ、あざ、あざ・・。
「これは・・? すみません。身体のレントゲンも撮っていいですか?」
結局は、母による虐待でした。

■真実は…
自閉症と知的発達症を有している子ども。子どもの父親は、全く自分に懐かない娘に暴力をふるう毎日。このままではいけないと思い、離婚をしたものの、生活にも困窮していき、さらに未来にも不安を抱いていたせいで、母親もまた子どもに暴力を振るうようになっていったそうです。

子どもの発達のことは得てして相談しにくいものです。相談すると、
「子どもってそんなもんだよ」
「育て方が悪いんじゃないの?」
「あなたの子どもだから遺伝じゃないの?」
そんなことを言われてしまうからです。孤立すると、不安は人を追い詰めます。そして、その矛先が子どもへと向かってしまったのです。

全身骨のレントゲンでは肋骨に骨折痕があり、頭部CTでは骨折が認められました。やはり頭部レントゲン写真では、得られる情報は少ないということが改めて分かった事例でもあります。まさに、『画像診断ヒヤリハット』です。

児童相談所に通告し、身体管理目的で子どもは入院管理としましたが、子どもは虐待されていても母のことを愛しています。結局、最初は虐待を認めなかった母も虐待を認め、児童相談所の一時預かりを経て、母親は育児放棄し、子どもは児童養護施設へと移送されていきました。

何度も母親は子どもを殺そう、心中しようとも思ったそうです。子どもの命は救うことができた事例でもありました。しかし、子どもの発達支援しながら家族の再構築をすることもできたのではないか、児童精神科診療を続けるうちに、そう思うことも増え、私自身は未だにこれでよかったのかと悩んでいます。

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