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ココアシガレット

半年ぐらい前に書いた話です。
大人に成りきれない子どもたちの、恋のような話



「こーら、煙草は校則違反ですよ」

 青が視界を染める中に艶やかな黒が映る。さらさらとした絹糸の奥に彼を覗く瞳が輝く。

「……煙草じゃねぇよ」

 からついた口を動かして、咥えたそれを見せつける。

「ココアシガレット」
「なにそれ」
「煙草の形した菓子」

 彼女はそれをまじまじと観察する。

「ふーん、それって美味しい?」
「さあ?——食う?」

 彼女の目前に子供っぽいパッケージが晒される。そこには二、三本のココアシガレットが箱の中に転がっていた。見た目は煙を漂わせるオトナのアイテムであるのに、目の前のこれは立派な菓子だと言う。
 恐る恐るそれを一つ摘む。ココアの甘ったるい匂いが鼻腔を擽る中、それを口に咥えた。

「甘っ!」
「そりゃそうだろ」

 それは甘く甘く、見た目を大きく裏切って子供好み、蟻好みの味がした。それは大人に近づく彼女の舌には大層、刺激が強かった。

「嫌だったら捨てろ」
「それは駄目、もったいない!ただ慣れなかっただけだもん」

 彼の言葉に少し拗ねた様に答える。その育ち故か、甘さの暴力に屈する彼女では無かった。
 次にまた咥える。その甘さに驚く様な真似はしない。ゆっくりと口の中でそれを溶かす。ざらざらとした舌触りが滑らかになっていくのが分かる。
 そうして口内に甘味が回った所で、はぁ、と息を吐く。身体の中にあるはずの無い主流煙が空気を淀ませる。
 しばらく二人、屋上でただ時間を浪費するだけの有意義な時を過ごした。幼なじみの隣は、友人よりも、家族よりも居心地のいいものであった。
 空は目が覚める様に青く、微かに聞こえる人々の声が、何処か遠い出来事の様に感じた。
 つまりは、そういう雰囲気があったのだ。
 二人はふと片割れを見る。
 目が合う。
 それだけで、二人の関係性は形を変えた。
 ココアシガレットの甘さを持ち得たまま、そっと柔い唇を合わせる。
 ——うそつき
 彼から香るそれは確かに苦い煙草のそれだった。
 何度も何度も唇を合わせる。それは合わせるだけのものから、少し湿り気を纏うものへと変わっていく。ゆっくりと、それでいてどこか性急さを持って目の前の唇を貪っていく。それと同時に頭が、身体が、熱を持ち始める。目の前の他人を求めて求めて、そうして子どもには到底届かない、大人の甘さを手に入れようともがいている。
 なのに、舌を唇に沿わした瞬間、唐突にあの甘さが恋しくなった。
 そうなってしまえば、さっきまでの熱は急激に冷え、あれほど魅力的に写った他人はただの他人へと姿を変えた。そうして、甘美であった行為は、どちらとも無くさっさと終焉を迎えてしまった。。
 ほんの少しの気まずさと多大な安心感に包まれながら、溶けきっていない既製品の甘さをまた楽しむ。

「——早く、大人になりたいな」

 そうだな
 無理だろ
 そのどちらも言えないまま、ココアシガレットを噛み砕いた。

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