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第2回 「キラリティーを操りたい」

研究者が「ここが一番面白い」と思う部分だけ、スライド1枚で楽しむ科学記事。あくまでも入り口だけど、出口が見える。そんなおいしい記事をよんでみたい。じゃあ書いてみよう。近しい方々の研究インタビューを、スライド1枚に書き起こす全5回の連載です。世界観が知りたい人は後書きコラムをお先にどうぞ。

今回は、京都大学理学研究科有機合成化学研究室、博士課程3年の櫻井舜也さん。反応を自在に操る分子の設計について。

研究紹介

スライド最終版

左上:キラリティーの概念図と目的分子、右上:銅触媒と配位子の構造
左下:キラリティーが十分発現しなかった試作品、右下:実験設備写真

我々の生活は、医薬品・衣料品から食品添加物に至るまで、数多の化合物に支えられている。その化合物を作る化学反応では、多くの場合、目的の化合物と目的でない化合物がごちゃまぜの状態で生成される。目的の化合物を”いかに効率よく作るか”が重要だ。

有機合成化学のひとつの目標は、"より性質の良い"化合物を、"より効率良く"生成する方法を模索することである。目的の化合物が"効率良く"生成されるように反応を操るうえで、化学反応を仲介する触媒と、それに取り付ける配位子と呼ばれる部品が重要となる。今回紹介するのは、配位子を「うまく」設計することで複雑な化学反応を意のままに操ろうという研究だ。

①キラリティーを作り分ける(左上図)
複雑な構造を持つ分子では、部品は全く同じなのに各部品の配置が鏡に映し合った構造をとり、重なり合わないペア分子をもつことがある。このような分子は「キラリティーがある」という。どちらの構造かによって性質は大きく異なり、人体にとって一方は薬で一方は毒という化合物もある。全く同じ原料から、目的のキラリティーの分子を作り分けるカギとなるのが触媒の配位子である。

②配位子を「うまく」設計して反応をコントロールする(右上図)
彼が設計したのが、スライド右上の分子。銅の触媒に対して下側の配位子は一般的によく使われる構造だが、そこに上側の配位子を取り付けたことが新しい。従来の構造では、分子の上部に大きなスペースが空いていて、四方八方から自由に分子が近づけるために目的外のキラリティーの化合物もできてしまっていた。新しい構造では、上の部分が反応の「邪魔」になり特定の方向から近づく分子のみ反応に参加するようになったため、ほしいキラリティーの化合物が作り分けられたのだ。

③途方もない時間と努力の末に(左下・右下図)
しかし、フラスコの中の現象を想像するのは難しい。しばしば予想外のことが起きる。実は、最初の有力候補は左下図の分子だった。上部の配位子が、より「邪魔しやすい」構造なのだが、ふたを開けてみると目的外の分子も出来上がった。理想の構造にたどりつくまでの試作品分子は22個。この研究だけで100日以上、朝から晩までフラスコの中の分子と向き合い続けた。魔法ではなく、地道な研究が化学反応を操ることを可能にするのだ。

後書きコラム

有機合成はAIに取って代わられる?
ちょっと踏み込んだ話をした。有機合成研究の多くの部分は試作。複雑な反応を予想するのは難しく、作って試す!という方針でやってきた。それが近年、AIなどの発展で予想できることが増えてきた。これまでの有機合成化学が不要になる未来も遠くないと、巷で囁かれているのだ。

彼はあっさり「そうなると思う」と頷いた。ではなぜ彼は、有機合成に6年以上費やすことを選んだのか?
それは、自分の理想像に近づくため。どんな研究をしていく上でも、ほしい分子を自分で作れる技術は何にも代えがたい。研究者として生きる上で、反応を自在にコントロールできる能力が必要だと考えた。
科学を通じて自分のスキルを洗練する。それも科学の醍醐味のひとつかもしれない。


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