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「退職」より「卒業」、「入社」より「Join」なワケ。

仕事じゃなくて、言葉のお話です。

最近ニュースやSNSを見ていると、転職で別の会社に入ったことや異動で別の部署に配置転換されたことを「ジョイン(join)」と呼んでいるのをよく見かける気がします。Join は組織などに「加入する」「参加する」の意味であり、自然な英語で使われる言葉です。

でも何故「入社」「異動(転入)」じゃなくて、join が選ばれるのか。単に外来語に置き換わっただけの恒例行事なのか。この点ですぐに思い出したのは、2年ほど前に読んだ以下の記事でした。

記事では、働き方改革をはじめとした社会環境の変化に触れた上で、次のように述べられています。

こうした社会や個人の意識変化に伴い、「転職を身近に、かつ、人生の新たなチャレンジとしてプラスのイメージでとらえる人たちが増えている」と、藤井さんは指摘。そして、その結果、「会社を辞める際に、人生の次のステージに進むことをイメージさせる卒業という前向きな言葉で、退職を表現するようになっているのではないか」と推測する。

勤続年数、いや、その表現自体に若干のバイアスがかかっているから、在籍期間と呼ぶのが正しい気がします。いずれにせよ、昔のような終身雇用を前提とした会社は減りつつあり、今や転職は当たり前の時代です。

組織が従業員に何か必要な単位を予め決めているわけでありません(決めているところもあるだろうけど)。だから、「この度、3年お世話になった○○社を卒業しました」は「中退」ではなく「卒業」が正しいのです。問題は、自分がその組織でやりきったかどうかだけであり、卒業に必要な単位は個人が決める時代なのだと思います。

他に適切な日本語はいくつもあります。しかし、「異動」「転出」は組織の命令で動かされることで、「退職」「脱退」は組織から退くこと。受動的だったり後ろ向きだったりする言葉は、今の時代、殊更ネガティブに捉えられがちです。

燃焼しきっていなかったら「中退」かもしれませんが、敢えてそんな表現をする人はいません。誰だって前向きに生きたい人生。「卒業」の言葉が持つポジティブなイメージを使わない手はないのです。


「Join」の語源は「繫げる」

「入社」「転入」「参加」よりも「ジョイン(join)」なのかについては、次のような理由があるのではないかと考えています。

これらの言葉は、「入」「参」の漢字に表れているとおり、どれも「場所」を対象とした行為であり、そこで個人は one of them (組織の一員)として扱われています。これに対して join は、joint(結合部、接合部)という比較的わかりやすい派生語が示すように、「繫げる」「結ぶ」を語源としており、「人」を対象とした行為であることがわかります。

リモートワークが俄かに普及しつつある中、会社という場所に足を運ぶことの意味を自問している人は増えていそうです。同時に、画面越しのコミュニケーションには様々な限界があり、対面コミュニケーションの重要性を改めて感じ始めている人も多いと思います。ぼくもそんな1人です。組織とは、人と人の結びつきでしかないことを日々実感させられています。

リモートワークはその事実を示す一例にすぎませんが、join が使われ始めている理由は、その辺にある気がします。「働く」という言葉の力点が、会社に行くことから、同じ志を持った誰かと一緒に汗を流すことに移りつつある。単なる外来語の輸入品だとは、どうも思えないのです。


言葉が生まれ変わるとき

新しい言葉は日々生まれています。でも特に、外来語(カタカナ語)が従来のビジネス用語に置き換わる例は、枚挙に暇がありません。

例えば、コミット(commit)は「約束する」「力を尽くす」「積極的に関わる」、エビデンス(evidence)は「証拠」「根拠」「痕跡」、インセンティブ(incentive)は「動機」「刺激」「利害」など。多くが複数の語義を包含しており、細かい文脈を読まなくても使えてしまう利便性が人気の理由だと思っています。言葉選びによっては角が立ってしまいそうなとき、何となく伝わってくれる言葉は重宝されます。

一方、join は別に「入社」「異動」「転入」の意味をぼかして使いたいから登場したわけではないように思います。上に述べたような変化をしている組織において、これらの日本語が、join の持つ今までに無かった日本語の概念によって淘汰され始めただけなのかもしれません。

「卒業」も、ポジティブな変化を受けて言葉が置き換わっているという点で共通しています。ただ、日本語が日本語に置き換わった珍しい例だと思っています。Join は外来語でしたが、もしかしたらこれに代わる良い日本語が出てきたりするのかもしれません。

こんな風に言葉が生まれ変わるときは、世界が変わっているときなんだろうなと思うと、少しわくわくします。

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