星売りとスター

「凄いよく見えるね」
「田舎だもんねー」
「ねぇ面白いこと思いついた」
「何?」
「…星が欲しーなぁ、って」
「全然面白くないよ」
「笑ってるじゃん」
「これは面白くな過ぎてだから」
「笑ったから負けね」
「じゃあ…星を買う方針で」
「おっ」
「ちょっと感心するのやめて恥ずかしいから」
「買ってよね」
「スターになったらね」
「ノリノリじゃん」

実家で見ていた雑誌やテレビの情報は殆ど役に立たなかった。
それらがあるのはいつも全部東京で、特に渋谷は私たちの妬みと憧れの的だった。
そんな街から見る空は一等星の煌きですら薄ボヤけているし、唯一ハッキリと見えるオリオン座にも気付けないほどに騒がしく忙しい。
私は必要以上の熱を孕んだ喧騒から逃げるように帰路を急いでいた。

【貴方だけの為の言葉書きます】
【ペア似顔絵やってます】
渋谷の路上では色んなものが売ってある
【世界に1つのハンドメイドアクセサリー】
【星の売買承ります】
【ミスiDファイナリスト限定ZINE販売中】
星の売買?
どれも似たようなダンボールでできた簡易的な看板に1つ、場違いな文字列を見た気がする。
小説や漫画ならここで足を止めて売り子に声をかけ、ストーリーが始まるのだろうが、土曜の22時。少し早足で駅に向かう人々の流れから逸れることなく通り過ぎてしまった。

地元にいた頃、友達と星を観に海まで行った時のことを思い出す。
と同時に、その子の誕生日が10日後に迫っている上なにも準備してないことも思い出した。
私の誕生日には前何気なく言っていた、遊園地の貸し切りを実現してくれたのに。

私は自然と駅に向かう列を離れ、確固たる意志のもと反対向きに進む人の流れに合流した。
確か、制服の2人組の女の子のすぐ隣
【星の売買承ります】
次はちゃんと人の流れから1人、抜け出す。

「あの、」
「はい」
「星が欲しいんですけど」
「星のご購入で」
「ええ、出来るんですか?」
「もちろん」

その人の話はこうだった
・星の売買なので売ることも買うこともできる。
・上手い人はかなり沢山の星を見つけており、付けたい名前が尽きているので、名前を付ける権利を売っている。
・買える星は過去に未発見のものなので購入後決めた名前がそのまま世界天文学連合にて登録される。

「星の売り手と買い手ってなかなか繋がらないからこうやって仲介役をやってるんです。星を沢山見つけるのは大抵人間にもお金にもあまり興味のない人なのでねぇ。」
そもそも新しい星を見つけるのが上手い人なんて聞いたことがないが、まぁ世の中にはそういう人もいるのだろう。
そこまで話し終えると星売りは携帯を取り出し、メールボックスを見る。
「今は…運がいいですね。3つも、名付け待ちの星があります」

私はその中で一番小さな星を選んだ。
なんとなく、簡単には見つからない秘密のような星をプレゼントしたいと思ったからだ。
星を選ぶ間、否応にもファンタジーな気分に浸っていた私を、現実に引き戻すかのようにメールアドレスと電話番号、名前、住所を聞かれ、代金の支払い先と名付ける締め切りの期日、何かあった時の連絡先、今回私が購入する星を見つけた人の名刺を貰う。
なんだか思ったよりも簡単に買えてしまった。
「また星が欲しくなりましたら、是非お越しください」
「ええ、ありがとうございます」

興味深そうに私の話を盗み聞いていた制服の女の子たちが、星売りに話しかけている。
見えない星を売る人も、見えない星を買う私もバカバカしく煩い渋谷にピッタリだ。
あの子はたぶん笑って喜んでくれるだろう。
名前が付いたら海に行ってそれを探してみるのも良い。
彼女の嬉しそうな顔を想像して、私はちょっとだけスターになったような誇らしい気分で2度目の帰路についた。


この後、星売りの顔を[荒手の詐欺氏]というテロップと共にお昼のニュースで見ることになるのだが、それはまた別のお話。

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