ミルクの入っていないホットコーヒーは飲めない
真冬でも裏起毛のタイツは履けない
泣いてしまう映画は二回も観れない

苦いからじゃなくてあついから
あついからじゃなくてダサいから
ダサいからじゃなくて忘れてしまいたくないから

私だって大人になりたいと思っていたし
18歳の姉を見ている15歳の私の目にはちゃんと大人になっていった女の子が映っていた
あと3年もすればこうなることを少し切なくも嬉しく思っていた
なんなら私はもっと早くそうなるような気がしていた

姉は姉の恋人の前でだけ猫だった
掻いて欲しいところがあるかのように首を擡げ、ゴロリと喉を鳴らすように何度も小さく名前を呼んでいたし
出来立てのクラムチャウダーを必要以上にふーふー冷まし、少しづつ飲んだ
私は猫になった姉も好きだった
好きな人の前ではそうあるのが正しいのだと、私はいつからか信じ切っていた

21歳になっても私は猫にならなかった

冬も夏もバイトとアトリエを往復し、肌の色もほとんど変わらないまま、初めて誰からもお年玉を貰えない年始を迎えた

久々に東京から帰省して来た姉は、猫だった
あの頃、私が大人の女の手本として見ていた、シャムのような甘ったるい可愛さは薄れ、今は誇りと余裕を身につけたロシアンブルーのようだった
それでも猫になっていると分かる姉の唇は熱いコーヒーに2度だけ細い息を吹きかけ
「私達そろそろ結婚しようと思って」
と動いた

私の唯一猫である部分を尊重するために透明感をなくしたコーヒーを啜る
ソーサーに添えた左手の薬指に、赤髪の女性の髪飾りに使った深緑色が染みていることに気付く
まるで苔生したような汚れた指に美しいダイヤを嵌める想像をして悲しくなりそうだったのでやめた
母と共に沢山のおめでとうを言った
姉の細く綺麗な指はいつでもそれを迎え入れられる事を示唆していた

5年ぶりに一緒に布団に入った
5年の間に一度も猫にはなれなかったが、絵を描くことを仕事にした
姉はすごく良いね、とだけ言った
その後少し間をおいておやすみを告げると背を向けて寝てしまった

私は丸くなった姉の背中を見て猫だと思った

#ミスiD

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