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「自衛」や「予防」って、しんどいものでしょう




「最近、移動どうしてる?」

ニューヨークに暮らす東アジア系の友人と会えば、こんな会話から始まる。

この豊かな街の地中を走る地下鉄は元来治安の悪い場所だったが、近年は日本人デザイナーによる施策が効いたことなどもあり、その治安は年々向上していた。が、疫病を経て、残念ながら安全とは言えない場所に逆戻りしてしまったらしい。特に、我々アジア人にとっては。

いつもこの街で起きる象徴的な出来事を反映している『THE NEW YORKER』ではこの春、こんな表紙が採用された。

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THE NEW YORKER より

"東アジア人らしい風貌をした母娘が地下鉄で周囲を警戒している様子" はあまりにも、他人事じゃあなさすぎる。彼女たちが恐れているのは言わずもがな、アジア人を対象としたヘイトクライムだ。

アメリカは車社会と言うけれど、ニューヨーク市に限って言えばそうじゃない。地下鉄は安くて便利(ストや運転見合わせは日常茶飯事ではあるけれど)で、自家用車を持つ人もあまり多くない。

そんな中、地下鉄が危険だとなれば、どうやって移動したらいいの? と周囲の東アジア系仲間に尋ねてみると、車のリースサービスを利用するという人や、白人男性であるパートナーに送ってもらうという人、公共交通機関は使わずUberやLyftを使う人、通勤時間であれば人も多いからと地下鉄を使う人……。それぞれの懐事情や家族形態、勤務地によって、それぞれの対策をしているらしい。黒い髪やシャープな瞳が目立たないよう、帽子を深くかぶっているという女性の声もあった。

ニューヨーク市警察の発表によると、アジア人を対象としたヘイトクライム(hate crime、憎悪犯罪)の報告は、昨年比で335%も増加している。 いやまぁ、ニュースで報じやすくなっているだけでしょう……と軽く捉えていたときも正直あったのだけれど、実際「友人が道で殴られた」「ツバを吐きかけられた」という話は後をたたないんだから、悲しいかな現実なのだ。ちなみに暴行を受けた際に人種差別的な暴言を吐かれていなければヘイトクライムとしては検挙されないので、実際の数は報道よりも多いのだろう。


そんな中、「東アジア人・女・一人」、さらにどっからどう見ても軟弱で気の弱そうな私なんて、

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新刊『小さな声の向こうに』を文藝春秋から4月9日に上梓します。noteには載せていない書き下ろしも沢山ありますので、ご興味があれば読んでいただけると、とても嬉しいです。