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60番の紙ヤスリとして働いていた頃の話



2020年、6月。自宅での時間を持て余した世界中の多くの人たちと同じように、棚やら鏡やらをヤスリがけして、塗ったり磨いたりしていた。思い出の詰まった大阪の実家にある古い家具の埃をはらい、ダイソーで買ってきた60番のヤスリをかけると、たちまち表面は傷だらけになる。

愛着のあるものを摩擦音と共に傷つけていく、というのはそれなりに不快で、それでも90番、120番、240番と目を細かくしていくとまろやかになっていき、塗装してニスを塗れば見事生まれ変わる。最終的には、古びた家具たちはピカピカになり、とっても気持ちが良いものだ。一方、使い終わってボロボロになった紙ヤスリがゴミ箱に溜まる。目が粗いほど消耗もはやいので、中でも60番の紙ヤスリの選手生命はとても短い。


60番のヤスリ。なんだか昨年までの、自分の仕事にも似ているなぁ、だなんて思ってしまった。


2019年、6月。私はインターネットから飛んでくる言葉に、咽び泣いていた。内訳としては、怒りも悲しみも不甲斐なさもあり、それを言葉にできない辛さもあった。というのも、

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