『走れない人の走り方』音声ガイド制作記

上映は6月25日迄。※水曜と21日(金)はお休みです。

映画をつくる人、観る人、映す人、いろんな人が、映画を巡って交差する。
日々の中に映画がある。そのこと自体が映画になる。純度の高い映画愛に溢れた映画。
ご観賞後は主人公たちと一緒に、きっと前に進んでいるはずです。



『走れない人の走り方』を初めて観た時、冒頭のシークエンスで、「すごい映画だ。。!」と直感した。
車窓の景色がグリーンバックにいきなり変わった瞬間、ハッとした。
映画館で映画を観る人々から、その人らが観る映画の中へ、そしてその映画の作り手の頭の中から、作り手たちの「現実」へ。次々と、私が映画を観て入り込もうとする世界が変えられていくのだ。
私はパソコン画面に向かって『走れない人の走り方』を観ていたのだが、その中にあるいくつもの次元の存在を考えていくうちに、映画に向き合う足場が崩されていくような感覚に陥った。
劇中映画である『ロードムービー』/主人公である新人監督・桐子の奮闘劇/もしかすると眠りに落ちる桐子の夢/寝落ちしたその時に桐子が読んでいた漫画「ロードムービー」/映画館で映画(これは『ロードムービー』か?)を観る人々/『走れない人の走り方』自体の製作陣/そして画面に映るその人々をまじまじと見る私自身。

ざっと『走れない人の走り方』の「中にある」であろう次元を考えてみると、それは映画の外・私自身にまで繋がっていた。
「映画とは何か」を考えさせてくれる映画はたくさんあるが、ここまで重層的で「私」までを映画の中に取り込んでしまえる映画に初めて出会えた。

そしてなんといっても、主人公・桐子をはじめとする人々が、とっても愛おしい。
〈「映画とは何か」を考えさせてくれる映画〉でありながら、私は醒めた気になって観察するように映画を観ていたのでなく、桐子と一緒にハラハラして、桐子を見守る人々と一緒に桐子を応援して、そんな桐子がいる世界に存在する人々にも興味深々で近づこうとしていた。
蘇(すー)監督たちは、映画が好きで、映画を信じていて、だからこそ映画に挑戦もしている。そう勝手に感じる。
映画の中にその人がいて生きていること。それを丁寧に描き切った上で、「映画という芸術」自体をも捉えようとしている。
ポップであり鋭い。『走れない人の走り方』はすごい映画だ。。


そして、音声ガイド制作に取り掛かった。
音声ガイドとは、視覚情報を音声・ナレーションに翻訳して伝えることだと私は考えている。

視覚情報/目で見ているものとは何か。
この文の冒頭に書いた「ハッとした」瞬間を、見ている内に段々と解っていく気持ち良さを、目の見えない人とどう共にできるか。
音声ガイド制作では、これを考え抜こうとすることで、私はどうやって「映画を観ているのか」に向き合う経験となった。

いつも音声ガイドを制作する際に、最低でも通しで3回、うち一回はスクリーンでその映画を観るようにしているのだが、『走れない人の走り方』は特に、映画館の大画面で観るべき映画だと感じる。
座席に座ってスクリーンに向かい続ける「私」と、『走れない人の走り方』が同期していく感覚がより肌に迫る。

さらに今回は、「音で観る試み」をしてみた。
音だけで『走れない人の走り方』を通して「観る」のだ。
突如挟まれる電車の音に時空を飛ばされたり、スカンク/SKANKさんの音楽に誘われ風に乗っていくような感覚になったり、囁き声のような日常会話シーンでは私もそばにいるように感じたり、本作の音世界を堪能した。
しかし、どうしても「見ようとするもの」を想像してしまう。
ここのショットはどう撮っているのか。カメラの切り返しはここで入るのか。などなど。
目の見える人である私は「見ること」からは逃れられないのだとつくづく感じる。
だからこそ、音声ガイドで視覚情報を言葉に翻訳するために、じっくりじっくりと、「見える面白さ」をまずは大切に拾い上げていく。
そうしているから、音声ガイド制作は面白いのだと改めて思った。そしてそうさせてくれる映画は面白い。

本作の音声ガイド制作では、突如メタ的に挿入される映像表現/視覚効果をどう言葉で表現するかが肝だと感じた。
桐子たちが生きる物語と共に、「映画自体」が蠢いているような面白さ。
アイリスアウト・インなどの映像表現自体を「説明」する音声ガイドでは、そのタイミングに感じる面白さ自体は伝えられないので、それを面白いと感じる感覚自体を言葉にしようとする。
映画/映画内映画/現実と、多数の次元が切り替わっていく戸惑いと徐々に解っていく気持ちよさは、適切なタイミングに音声ガイドを置きつつ、映画の音やセリフに委ねてみたりもする。
ひとつひとつの面白さを、何よりもまずは見つめていく。
この表現を物語に取り込んでしまう新鮮さに驚きを感じるから、『走れない人の走り方』は私にとって面白い映画なのだ。


音声ガイド検討会には、
モニター/クオリティチェックで、風船さんと当館代表・平塚に、
監修で、脚本の石井夏実さんと上原哲也さん、蘇鈺淳(すー・ゆちゅん)監督に、
ご参加いただいた。
*先に書いた映像表現/視覚効果の音声ガイド表現にも一緒に悩んでくださり、ありがとうございました。。!

検討会中のふとした瞬間に、小道具や人物の暮らしぶりの微細な描写、現場で偶然の生まれた効果を愛おしむような石井さん、上原さん、蘇さんたちから、
「桐子がそこにいる」ということを、丁寧に丁寧に描かれていったのだと、改めて感じた。


映画ばかり観ていると現実離れしていく気にもなってしまうが、その人が在ることを感じる映画の時間にいつも何かをもらう。
映画を観て、元気になったり、悲しさを何日も引きずったり、映画は私に影響を与えてくれる。
『走れない人の走り方』は、そんな「映画の中」に、「私」までをも迎え入れてくれる。
映画をつくる人、観る人、映す人、いろんな人が、映画を巡って交差する。
日々の中に映画がある。そのこと自体が映画になる。純度の高い映画愛に溢れた映画。
『走れない人の走り方』が、映画が好きな人へ、あらゆる人へ届いてほしい。


文:スタッフ柴田 笙



●舞台挨拶も続々決定しております!
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◉6月13日(木) 初日 上映前18時00分〜(15分ほど)
山本奈衣瑠(やまもと・ないる)さん(主演)
蘇鈺淳(スー・ユチュン)監督
※この日は各種割引適用となります。
※トーク+上映のため、終映が15分ほど遅くなります。ご了承くださいませ。

◉6月14日(金)
上原哲也(うえはら・てつや)さん(脚本)
石井夏実(いしい・なつみ)さん(脚本)
蘇鈺淳(スー・ユチュン)監督

◉6月15日(土)
大川景子(おおかわ・けいこ)さん(映画編集者)
蘇鈺淳 監督

◉6月16日(日)
荒木知佳(あらき・ちか)さん(出演)
蘇鈺淳 監督
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●監督作『Oasis』も最高だった大川景子さん。当館でも『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』や『夜明けのすべて』、『彼方のうた』など、大川さん編集の映画を上映してまいりました。
15日にご登壇いただく大川さんが『走れない人の走り方』に寄せたコメントも、ぜひお読みください!
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たまたますれ違った人にカメラがついて行ってしまい時々脱線する。いや、脱線じゃない。この映画ではすれ違った側の出来事も描かれ、中心にある物語と響き合う。そこには違う場所で同じ時間を生きている世界がある。「ほら、こっちも面白いよ」と愛嬌のある編集で手招きしている。ああ、巧くて嫉妬する。崇めるのではなく映画と一緒に戯れている力の抜け方が、本当にいい。

大川景子(映画編集者)
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シネマ・チュプキ・タバタはユニバーサルシアターとして、
目の見えない方、耳の聞こえない方、どんな方にも映画をお楽しみいただけるように、全ての回を「日本語字幕」「イヤホン音声ガイド」付きで上映しております。

●当館ホームページ「シアターの特徴」


皆様のご来館、心よりお待ちしております!



『走れない人の走り方』上映情報
6月13日(木)~25日(火) 18時00分〜19時27分 *19日(水)、21日(金) 休映

(2023年製作/82分/日本)
監督:蘇鈺淳
脚本:上原哲也、石井夏実
出演:山本奈衣瑠 早織、磯田龍生、BEBE、服部竜三郎、五十嵐諒、荒木知佳、村上由規乃、谷仲恵輔、綾乃彩、福山香温、齊藤由衣、窪瀬環、平吹正名、諏訪敦彦 ほか
配給:イハフィルムズ 公式サイト:https://hashirenaihito-movie.com/
©2023 東京藝術大学大学院映像研究科

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