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【インタビュー】イノベーションをうむ組織の深層に迫る|話者:舟津昌平先生(京都産業大学経営学部 准教授)|経営学のフォアフロント

ビジネススクールから研究者へ、異色のキャリアを歩む 

編集部:まずは簡単に、先生の自己紹介をお願いいたします。

京都産業大学の経営学部で、経営組織論やイノベーション・マネジメントについての研究をしています。大学の授業では「組織変革論」という科目を教えており、今回執筆した『組織変革論』は、この授業で用いる教科書として書いたものです。

編集部:経営学者になろうと思ったきっかけは何ですか?

もともと学部は法学部で、ゼミでは英米法を学んでいました。法学部ですから、周りは主に法曹を目指していて、六法系のゼミで指導を受けてロースクールに進学するという進路がスタンダードだったのですが、私自身はそうしたキャリアビジョンを持てずにいたなかで、学部を越境して受講した経済学の講義に大変興味を惹かれました。大学3年のときのことです。

編集部:3年生だと、法学の基礎を概ね学ばれてから、ということですね。どんな科目を受講されたのですか?

ミクロ経済学です。経済学の、世の中の起きていることを数理的に解明するというアプローチが非常に明快なものに感じられました。ちょっとわざとらしい対比になるのですけども、抽象度が高すぎるように感じた法学の議論とは異なり、経済学は世の中で起きている事象をクリアに表現しようとしていて、何も知らない学部生にとってその具体性がとても魅力的に思えたんです。これはもちろん、法学への理解が浅い学部生としての感想だったのですが。

そこで、大学院でもう少し経済学を学んでみようと考えたのですが、私の在籍していた京都大学の経済学研究科で修士課程に進むためには、卒論に相当するものが必要だったんですね。私は他学部ということもあって卒論を出せる環境になかったので、経済学で入試を受けられるということで、経営管理大学院(いわゆるビジネススクール)を進学先に決めました。

……なのですが、今だから告白すると、進学を決めた当時は、経営学と経済学の区別がほとんどついていませんでした(笑)。

ビジネススクールに進学してみると、私の選択したコースは、科目の選択において自由度が高くて、経済学の単位取得が必須ではなかったんですね。それで、自分の興味のままにカリキュラムを組んでいくと経営学の科目ばかりになり、自然と経営学研究の道筋ができていました。

編集部:ビジネススクールを経て研究者に、という進路もあまり多くないのではありませんか。

そうですね。本来、ビジネススクールは研究者を育てるところではなく、実務に直結した知を学びに来る場所です。自分たちの固有のビジネス課題についての解決策を求めてやってくる方がほとんどですが、私にとっては、研究者のほうが楽しそうだな、自分には向いていそうだな、と感じられました。

具体的な解を得るのみならず、その解を導き出す仕組みの設計や、本質的な議論に興味があったんですね。そのことを当時の指導教員だった椙山泰生先生に相談したら、博士課程に編入したらいいんじゃないか、とアドバイスされて(注:現在はビジネススクールに博士課程が設置されているが当時はなかった)、経済学研究科に編入し、そのまま研究者になりました。

対象の研究と理論の研究

編集部:先生のご研究テーマについて詳しく教えてください。

まず、対象としてはイノベーションを研究していて、理論としては経営組織論を研究しているというのが、おそらく正確な言い方になるかなと思います。
一般的に経営学者が「◯◯を研究しています」と答えるとき、その◯◯は研究対象と研究理論、および研究方法のいずれか(のみ)を指しています

たとえばベンチャー企業論を研究している方は、対象がベンチャー企業であれば、その研究手法は何を用いても良いんですね。医療で例えると、小児科は子供を「対象」にしていて、子供の体調不良は何でも診察できるようになっています。一方で外科医は、主に手術という手法で患者のけがや病気を治します。

そう考えると、経営学は、起きていること=現象をどのように説明するかという試みが中心となる、対象重視の学問なんです。

編集部:では、経営組織論とはどのような学問なのでしょうか。

経済学のように、経営組織論にも「ミクロ」と「マクロ」という分け方があるのですが、私の専門はマクロ組織論で、組織を巨視的にとらえます。組織と組織の関係(組織間関係)を見る、業界単位の大きなくくりで見る、あるいは、社会の中に位置する組織を見る、というのがマクロ組織論です。

編集部:なぜマクロ組織論にご興味を持たれたのですか。

当初は、主にイノベーションの研究をするつもりでした。そこでイノベーションに関する先行研究を見てみると、大企業の研究開発部門を「新しいものを世の中に生み出すための機能」であると捉えて、研究対象にしていることが多かったのです。そこでまず、研究開発部門に興味をもちました。

そして、大学院のPBL(プロジェクトベースドラーニング)で株式会社モスフードサービス(以下、モス)の方と関わる経験を持ちました。サービス企業だと、そもそも研究開発部門を持っていないことが多いなか、モスさんは外食産業としてはめずらしく、研究開発機能を自社の中に持っていました。PBLでモスさんと関わるなかで、モスさんの取組みを「新制度派組織理論(制度論)」というマクロ組織論の枠組みで論じよう、と思ったのです。

組織は制度に埋め込まれている

編集部:新制度派組織理論とはどのような理論なのでしょうか。

端的に言うと、「組織は制度に影響を受けている」という考え方です。当たり前のように聞こえるかもしれませんね。「組織は制度に埋め込まれている」などとも表します。

たとえば、大学の教員は論文を書くのが仕事で、よい論文を書くことが高い評価につながります。授業をする人というイメージが強いと思われますけれども、教員仲間内の評価軸は、授業のうまさと論文だと圧倒的に論文です。ところが論文を書いたからといって、お金が儲かるわけではない。あるいは、論文を書けば評価されて昇進できるじゃないか、と考えるなら、では昇進の終着である教授になったら論文を書く理由はなくなる。このように、論文を書くことにいわゆるメリットがないとしても、しかし論文を書き続ける人は少なくありません。ではどうして、論文を書くという一見して利のない行動をとるのか?

これを制度の影響、より詳しくは科学という制度の影響を受けていると考えるわけです。制度論の研究の例として、ThorntonとOcasioによる有名な論文があります。これは出版業界がテーマで、特に学術出版において①売れる本を出すことと、②学術的に価値のある本を出すことの2つの規範があって、この2つは業界にどのように影響しているのか、という研究です。

組織は「目的を果たすために行動する」と単純化できるけれど、一方で目的そのものが複数あり、それぞれの規範がバッティングしたりします。どちらも正しいのは間違いないけれど、両立が難しいこともあるし、場合によっては優先順位がつけられず、争いが起きるかもしれません。制度論は、組織にそのような係争が起こる理由が、制度という概念装置に依拠すると考える議論です(注)。

(注)制度論の視点から組織に起こる対立や争いをいかに解決するかについて、詳しい議論を知りたい方はこちら。
舟津昌平 著『制度複雑性のマネジメント:論理の錯綜と組織の対応』(白桃書房、2023年3月)

制度論は「複雑でよくわからない」と言われることが多い理論です。
組織変革論』でも、少しだけ制度論に触れている章があります。「よくわからないけど、難しいんでしょ?」と言われないように、できるだけやさしく説明することを心がけました(笑)。

組織の変化を受容しないと、
イノベーションは生まれない

編集部:これまで先生がされてきたなかで、特に面白かった、あるいは印象に残ったご研究を教えてください。

先ほども申し上げた、私が最初に携わったモスの研究を紹介します。

もう10年ほど前になりますが、「次世代モス開発部」と協働したPBLに、研究者として参加しました。ここで制度論(新制度派組織論)の概念の意味を、身をもって学ぶという体験をしました。

次世代モス開発部では、店内にカメラを設置し、お客さんの目線などの動きを分析して店舗づくりに活かそうとするなど、様々な意欲的な取組みをされていました。当時開発部長をされていた方からは、お昼時に「学生さんの間で今一番流行っているカフェにつれていってください」と言われてご案内したことがあります。学生がよく利用するファストフード店やカフェを視察して、そこで食事をした経験を持ち帰り、店づくりに反映させるという姿勢に、プロの姿を感じました。

次世代モス開発部の設置は、当時の社長の発案です。しかし、トップが旗振りをすれば皆が必ずついてくるわけでもない。特にモスはフランチャイズ店舗が多く、独立性の高い店舗との丁寧なコミュニケーションは必須です。開発部長はじめモスの方々は、現状からの変化がプラスの結果をもたらすのだという「変化することの正しさ」を、現場で働く人たちに身をもって伝えることに腐心されていました。これを制度論の概念では「正統性」と呼びます。イノベーションは、新しいからこそ受容されづらい。イノベーションを起こすためには正統性が必要なのだという「イノベーション正統化論」を目の前で見せていただきました。

イノベーションというと、いかに派手で斬新なアイデアを生み出すか、あるいは1人の「天才」がいかに周りを巻き込んで変化をもたらすかという事象に注目されがちですが、実際にはそれだけでは不十分なんですよね。Appleのスティーブ・ジョブズも一度Appleを追放されています。やはり革新は周りが受け入れないと成立しない。組織論としてはずっと言われていることですが、組織として、異質な個人や一見おかしく見える新しいものを受容しないと、イノベーションは成り立ちません。

結果の裏側にある真実に触れる、
研究者としての醍醐味

モスの研究が面白かったもう1つの点は、メディアや書籍などから表層的に受けるイノベーションのイメージと異なる裏側があったことです。

10年後の未来を作るとして始められた活動が実を結ぶとしたら、当たり前ですが、10年前に種がまかれ、育まれていたということです。われわれが1つの結果として表層的に受け取っているものと、その裏側にある地道な取組み、それが達成されるための組織的な努力との間には大きなギャップがあり、多くの場合われわれはそのギャップに気付いていないのだということに気付きました。

組織論の研究者として、この気付きに深い意義がありました。

次世代モス開発部は、発足から5年経った2015年時点に組織内で移設され、チームは事実上解散します。解散と聞くと「うまくいかなかったのかな」とネガティブな印象を持たれますが、その裏には「イノベーションのDNAを社内にばらまく」という目的がありました。この部署でイノベーションを学んだ社員が、それぞれの新しい配属先でイノベーションの種を撒き散らす「イノベーションの伝道師」になろう、と決めたのです。

実は現在のモスは、コロナ禍以降、外食産業の多くが大きなダメージを受けるなかで、業績が急成長しているんです。

この急成長を分析したある記事の中で「テイクアウト中心になる購買行動を見越して、宅配サービス業者との協力体制を整備し、いち早く移行できた。平時から準備していないとできない動きだ」と解説されていました。たまたまだといわれるかもしれませんが、コロナ禍に適応して業績を伸ばした2021年は、「次世代モス開発部」が発足した2011年から10年後にあたります。環境の変化に対して最大のパフォーマンスを出せるよう適応できた根拠は、社員が育んできた組織の力なのではないでしょうか。

この、モスの底力の真相に触れることは、丁寧に調査を重ねたからこそ可能な、研究者としての醍醐味ではと思います。外側から眺めているだけではわからない、企業の中に入り込んで、表から見える事象の裏側にどういう活動があったかを知りえたからこそ、説明できるということですね。

組織の変革を包括する理論とは

編集部:「組織変革論」はどのような科目ですか?

「経営戦略論」や「経営組織論」は多くの大学で提供されていますが、「組織変革論」はめずらしいのではないでしょうか。しかも本科目は、私が京産大に着任した2020年からスタートした授業で、前任の先生の授業内容を参考にして組み立てる、ということができませんでした。それらの意味で、試行錯誤がありました。

先ほどの、研究の「対象」の話でいうと、組織変革論は、対象を組織の変革という事象に置いています。組織の変革に対する社会的注目は高いし、変革の必要性・重要性も理解されている一方で、過去の研究は研究として今一つまとまっていない印象がありました。

たとえばカール・E・ワイクが1999年に発表した著名な論文の中では「組織変革に関する包括的な理論はまだ確立されていない」と述べられています。2023年になった現在も、状況はさほど変わらないかと思います。ここで言う「まとまり」や「包括的」という言葉をどう説明するのかも複雑で、対象が「組織変革」であるがゆえに、われわれは組織変革に対して多様な見方ができます。変革を主導するリーダーに注目するとリーダーシップ論の話になり、変革のための経営戦略に目を向けたら経営戦略論に回収される。全体像を見渡すことができなくなってしまうのです。各側面からの研究はたくさんあっても、組織変革の一部分の説明にとどまり、それらが独立的に存在していて、包括されていないなあと感じていました。

また、変革のポジティブな側面のみに注目すると、うまくいかなかったケースなどの変革のダークサイドを見落として、変革を無条件に良いものとする社会通念が定着することにつながります。

とはいえ、全体像を見るとはどういうことかと考えると、一筋縄ではいきません。今回執筆した『組織変革論』では、とにかく視点を色々に設置して、そこから見た風景を総合的に論じてみること、かつ、それらの関係を考えることを意識しました。

授業でも、表層的な議論にとどまらないことを重要視しています。企業経営を学ぶ際はどうしても結果論になりがちなのですが、成功事例だけを切り取って「変革は大事」という結論で終わらせてはいけない、という問題意識で取り組んでいます。

今まさに起きている変化を説明するために

編集部:今後どのような研究をされたいですか?

研究対象としてはできるだけ新しいもの、同時代性のあるものを追いかけたいと思っています。単に流行りだから、多くの人が関心を持っているからということではなくて、今まさに起きている事象を丁寧な視点で見つめたいからです。

現在の研究テーマの1つに産学連携があります。この産学連携についての論文が6月に発表予定(注)で、論文が掲載されるジャーナルの『組織科学』では、20年前にも同じテーマで特集号が組まれていました。そこで新しい論文では、特集号との比較からこの20年の変化を検討するという視点を採用しました。

(注)舟津昌平(forthcoming)「産学連携の組織・個人・社会(性)—大学はいかにイノベーションに関与するか」『組織科学』56(4), 19-35.

産学連携という研究対象が、時間を経てどのように変わったか、どの側面が変わっていないのか、変化の大きさや影響は、などを分析することで「今」をとらえる試みです。たとえばこの領域では大学発ベンチャーが爆発的に伸びています。世の中にもスタートアップ創出を後押しする流れがあり、公的支援がどんどん整備され、そのための社会的な努力やリソースの配分、世の中の興味が向いていくのは間違いなく、この劇的な変化そのものを研究対象としてみたいと思っています。

大学発ベンチャーの創出は、もちろん産学連携のゴールではありません。そもそも大学は、本来的にはベンチャー企業を生み出すように作られていません。企業の研究ではあくまでも利益を追求しますが、大学の研究は、お金にならなくても新たな発見があること自体に意義があります。この点で二者は相容れません。しかし、たとえば基礎研究を比較的に重視してきた製薬業界においても基礎研究に資源が割けなくなりつつあるなかで、やはり社会としては大学の研究力に頼らざるを得ないのも実状です。企業と大学とのギャップをいかに埋めて、協働を達成するかというテーマは、今後いっそう重要度を増すはずです。

そして、現在進行で起きる事象や、そこにうまれる課題を的確に説明することが、私の動機であり使命だと思っています。既に結果が出た過去の事例であれば、分析はいくぶん容易になり得ます。しかし、今まさに移り変わっているような、その場、その瞬間で全く異なる見え方をする対象をうまく説明することは、非常に高度な思考も求められるし、技術も必要です。

経営学はどうしても結果論的になりがちなので、自分を戒めながら、「今起きていることを捉える」ことに取り組んでいきたいと思っています。

(了)

5月16日(火)、NTT西日本様の若手管理職むけ勉強会にて、『組織変革論』を課題文献に採用いただきました。
「とても優れた整理学の本だと感じた」「答えは書いていないが、だからこそ考える余地があった」等のご感想をいただきました。
ご採用いただき、まことにありがとうございました。

話者略歴

舟津 昌平(ふなつ・しょうへい)
2019年京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士(経済学)。京都産業大学経営学部助教を経て、2022年より同学部准教授。現在に至る。
専攻:経営組織論、イノベーションマネジメント論。
researchmap:https://researchmap.jp/sfunatsu


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