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[緊急掲載]非専門家のためのCOVID-19診療(入院管理)の提案

感染症総合情報誌J-IDEOでは,岩田健太郎先生による「非専門家のためのCOVID-19診療(入院管理)の提案」を先行無料公開致します.
非専門家がCOVID-19診療を余儀なくされている今,問題点と具体的な対応が記されています.診療の場でお役立て頂ければ幸いです.

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(初出:J-IDEO Vol.5 No.1 2021年1月 刊行予定)

岩田健太郎 いわた けんたろう
神戸大学大学院医学研究科 微生物感染症学講座感染治療学教授

[最終更新日 2020年12月10日]

 本稿執筆時点でCOVID-19の流行拡大が続いています.すでに多くの地域,医療機関では専門家による対応では不十分となり,拡充する病床を担当するのは感染症のトレーニングを受けていない非専門家となっています.特に初期臨床研修制度以前の医師の場合,発熱ワークアップなど基本的なトレーニングを欠いている場合すらあるようです.
 本稿はそういう「非専門家」がCOVID-19診療をせざるを得ない場合に限定した診療の手引きです.実際の診療現場でのピットフォールを中心にまとめてみました.参考にしていただければ幸いです.専門外の診療を余儀なくされる状況については我々の力不足も一因なので,非常に心苦しく,申し訳なく思っています.本稿が少しでも診療のお役に立つことを願ってやみません.
 なお,重症例は集中治療の専門領域に属するため,ここではCOVID-19病棟での軽症・中等症の診療のみを想定しています.重症例は専門家に任せるのがよいと考えます.

 また,本稿執筆にあたっては神戸大学病院感染症内科スタッフ,フェロー(後期研修医)の意見も参考にしました.が,内容に関する責任は岩田に属します.
 本提案は一般的な診療に対するもので,個別の症例に対する治療効果や安全性を担保するものではありません.

【原則その1】診療を担当する場合は所属する医療機関の診療方針,手順などを熟読し,それに準じて診療すること.

 PPEの着脱やゾーニング,各種連絡の方法は医療機関や呼応する保健所によって異なる.

【原則その2】院内感染を起こさないために

・とにかく,院内感染を起こさないこと.院内感染は濃厚接触者含め,医療者のマンパワーを多大に減らし,パニックを助長し,士気を萎えさせる.
・感染経路が遮断されていれば,院内感染は起きにくい.
・よって,レッドゾーンに行く機会を最小限にするのが大事である.COVID-19診療は「日常診療」ではない.ルーチンの病棟回診を行う必要はない.すべてのルーチンとは決別すべきだ.
・聴診器は原則用いない.接触感染機会を増すからである.聴診器は非常に重要なツールだが,ことCOVID-19のマネジメントにおいては必須ではない.
・PPEの着脱そのものが感染リスクである.よって,PPEの着用をできるだけしないのが大事であり,上記のようにルーチンで病棟に入らないのがよい.
・患者とのコミュニケーションはスマホやタブレットを使って行うのがよい.Wi-Fiなど問題があれば管理者に要請すること.ベッドサイドで感染を恐れながらバタバタと診察するより,安心してマスクなしで顔を見せて時間をかけて患者とコミュニケーションを取ったほうが有益なことも多い.
・リハビリが必要な患者は,拘縮予防など,明確な目標を設定すること.漫然とリハビリしていてはいけない.
・メンタルヘルスも大事だが,精神科コンサルトが必要な場合もできるだけリモートで行い,精神科医の感染リスクをヘッジすること.
・緩和ケアが必要な患者についても同様.
・患者の急変や増悪があれば速やかにPPEを着用し,診察すること.
・なお,ゾーニングなどCOVID-19院内感染対策については日本環境感染学会誌に寄稿した論文に詳しいので,興味がある方はご参照ください【1】.

【原則その3】診断のピットフォールに要注意

1.病歴を丁寧に聴取すること.COVID-19に合致する臨床像かを確認する.

2.検査の偽陽性,偽陰性に注意する.

・定性抗原検査は偽陽性を出しやすいことが知られている.しかし,定量抗原検査でも,または各種PCR検査でも偽陽性は発生する.絶対に正しい検査は存在しない.
・診断が確定的でない場合はいきなりCOVID-19病棟に入れるのではなく,個室に隔離し,診断を確定するのがよい.入院が切迫していなければ入院させず,確認検査を待って自宅待機させるのもよい【2】.
・長期入院中の発熱,CTですりガラス陰影.抗原検査陽性.これは後のPCR検査で陰性であり,検査偽陽性と判断された.このように「病歴が噛み合わない」場合は偽陽性の可能性を考え,所属機関の感染対策担当の医師あるいは看護師,検査技師に相談すること.
・蜂窩織炎の患者.熱があるのでPCR検査をすると陽性.Ct値は高かった.後にPCR検査を繰り返し,偽陽性と判定.やはり病歴が合わない場合はPCR検査も間違える.疑わしければまず前述の通り感染対策担当者に相談.
・検査の偽陰性も問題で,これもすべての検査に当てはまる.濃厚接触歴があり,臨床症状も合致していればPCR検査陰性でも隔離して追加検査したほうがよい.院内感染を起こさないことが大事である【3】.

3.画像をとる根拠を明確にする.

・入院時,ルーチンの画像検査はすべきではない.呼吸器症状がなければ,CTで影があっても判断は同じだし,呼吸器症状があってもCTあるいはX線写真を撮っても診療判断には変わりがない.「画像を見たいから画像を見る」というトートロジーに陥る誤謬を散見する.検査技師への感染リスクを正当化する強固な根拠がなければ画像をとってはいけない.
・X線写真で肺炎像があり,CTでやはり肺炎像がありました,という無駄を正当化してはならない.X線写真で診断確定すれば,CTは不要である.
・入院中の経過で画像を撮る必要はない.症状が改善していればそれでいいのだ.これは一般の肺炎全般にも当てはまることだが,画像の改善,正常化を治癒の根拠とする必要はない.感染症診療の基本である.入院中に画像が必要になるのは症状が増悪したときだけである.
・CTは特異度が低く,感度も当初言われたほどよくはない.ニューモシスチス肺炎,間質性肺炎,免疫チェックポイント阻害薬による肺障害などがCOVID-19と疑われたケースがある.改善がない,増悪している.検査値が合わない(やたらCRPが高いなど).その他臨床像が思わしくないときはすぐに専門家に相談すること【4】.
・では,CT検査などが正当化されるのはどういうときか.診断が不確定でCOVID-19以外の疾患が疑われるとき.入院するかどうか微妙で,CTで影があれば入院,なければ外来という分水嶺となっているとき「だけ」である.

【原則その4】診断時に退院プランを立てておくこと

・どの疾患の入院でも同じことなのだが,入院したときに退院までのイメージをもち,プラニングしておくことが大事である.
・発症から10日経過し,かつ症状軽快72時間経過していれば退院可能である.PCR検査を繰り返す必要はなく,繰り返すべきではない.また,10日経っていなくてもCOVID-19専用ホテルへの退院は可能である.
・たとえば老健施設からの入院の場合,退院・もとの施設への転院を拒否されたり,無用な「PCR陰性」を要求されることが多い.入院時にあらかじめそのような障壁を取り除くよう,コミュニケーションをとっておくことが大事である.困難事例は専門家に丸投げすること.
・入院時に,「退院するのに障壁となるポイント」をすべてリストアップしておき,入院期間中にそれらを取り除く.10日間,ぼーっとしていて,退院基準を満たしてから退院準備を始めないこと.日本の病床は逼迫している.有効にベッドを活用するには退院を阻むものを排除していく努力を毎日するのが大切だ.

【原則その5】治療はシンプルに

・軽症者に特別な治療は不要である.軽症から重症化を防ぐ治療法は本稿執筆時点では存在しない.対症療法だけでよい.
・呼吸状態の悪化,低酸素が認められたら速やかにデキサメタゾンを開始する.6mg1日1回10日間を経口投与.静脈内注射は可能な限り避ける.低酸素がある場合は,デキサメタゾンで死亡予後が改善する.
・それ以外の治療薬で死亡予後が改善するものは今のところ存在しない.よって,上記以外の治療薬は(厚生労働省などによる「新型コロナウイルス感染症COVID-19診療の手引き」に記載されているものも含め),用いるべきではない.
・呼吸状態の悪化がみられたら,その病棟でマネジメントできるか,より高度な医療を提供するICUのようなセッティングに転床するかを判断する.判断に迷ったら専門家に相談する.
・低酸素がみられたら酸素投与を行う.酸素投与の方法や,酸素投与中の病室のあり方は医療機関によるので,不明なら感染対策担当者に確認する.

各論
・レムデシビルの治療効果のエビデンスは微妙で,非専門家は原則使うべきではない.もし,使いたい場合は専門家に相談すること.
・フサン(ナファモスタット)を使ってはいけない.投与には中心静脈カテーテルの留置が必要で,PPEを着用したままでのライン確保は困難であり,院内感染リスクが増す.フサンがCOVID-19になんらかの臨床的寄与をするという知見は非常に乏しい.
・アビガン(ファビピラビル)など,その他「手引き」に記載のある薬も使わなくてよい.患者などから強い希望があれば,専門家に相談する.

【原則その6】採血,血糖チェックなど

・CT同様,原則採血は不要だが,誤診を防ぐために入院時に一回ルーチン採血をしてもよい.
・臨床的改善があれば,追加の採血は不要.「手引き」にKL-6がどうこうという記載はあるが,マネジメントに影響を与えるものではない.院内感染リスクを考えると,益のない行為である.
・臨床的増悪があれば,必要な採血,その他の検査を行う.なにが必要な採血,検査か不明な場合は専門家に相談すること.
・デキサメタゾン投与で血糖は上昇するが,10日間高血糖でも問題ない(血糖を下げることがそもそもの糖尿病診療の目的ではないことに要注意).もともと糖尿病がある,HHS(高浸透圧高血糖症候群)などのリスクが高い場合は血糖チェックをしてもよいが,数日測定して血糖値が300未満であれば測定は不要だろう.また,スライディングスケールはなにかの臨床的なアウトカムをもたらさず,ただ高血糖を追いかけているだけなのでやらないこと【5】.

【原則その7】二次感染対策

・院内でCOVID-19患者に二次感染が起きると入院期間が伸び,患者の予後も増悪する.
・まずは感染を起こさないことが大事である.そのためにはデバイスを最小限にすること.尿路カテーテル,末梢静脈カテーテルをルーチンで挿入してはならない.前述のように中心静脈カテーテルもできるだけ挿入しない.デバイスフリーの患者だと,院内細菌感染リスクは小さくなる.
・改善している患者が再度発熱したら,院内細菌感染リスクが高い.血液培養2セット,喀痰培養,尿培養などが必要になる可能性が高い.発熱ワークアップに慣れていない場合は専門家に相談すること.抗菌薬など,治療についても同様.

【原則その8】その他

・ナース,患者,患者家族とのコミュニケーションは重要である.皆,不安である.よく話を聞くこと.
・自分も不安だろうから,相談する人を持っていたほうがよい.
・体調が悪いときはどんな理由であれ休むこと.残念ながらこれは長期戦なので,短期的に頑張りすぎても長期的には損をする.院内感染回避の重要性は言うまでもない.
・外で感染して院内持ち込み,も多いので宴会などは厳に慎むこと.
・ちょっと信じられないことだが,ときどき医師でもワイドショーやYouTube,雑誌やブログの「感染症に詳しい人」の意見を鵜呑みにしていることがある.プロなのだから,情報収集のソースはオーセンティックなものを.
・落ち着くこと.パニックになってベターな診療ができることは絶対にない.

[参考文献]
1)森下直美,岩田健太郎.新型コロナ感染症(COVID-19)患者へのエコノミカルなゾーニングとその効用.http://journal.kyorin.co.jp/journal/kankyokansen/detail_j.php?-DB=kankyokansen&-recid=192&-action=browse(Accessed 2020/12/11)
2)Ogawa T, Fukumori T, Nishihara Y, et al. Another false-positive problem for a SARS-CoV-2 antigen test in Japan. J Clin Virol. 2020; 131: 104612.
3)PCR陰性の感染者から広がった院内感染 精度に限界:朝日新聞デジタル[Internet].朝日新聞デジタル.[cited 2020 Dec 10].https://www.asahi.com/articles/ASN6134VXN5WULBJ00G.html(Accessed 2020/12/11)
4)Kovács A, Palásti P, Veréb D, et al. The sensitivity and specificity of chest CT in the diagnosis of COVID-19. Eur Radiol. 2020: 1–6. doi: 10.1007/s00330-020-07347-x. Epub ahead of print. https://doi.org/10.1007/s00330-020-07347-x(Accessed 2020/12/11)
5)Sliding-Scale Insulin: An Ineffective Practice [Internet]. [cited 2020 Dec 10]. https://www.todaysgeriatricmedicine.com/archive/110612p8.shtml (Accessed 2020/12/11)


◆◆◆関連書籍のご紹介◆◆◆

・「J-IDEO」Vol.5 No.1

編集主幹 :岩田健太郎
編集委員:岸田直樹 / 黒田浩一 / 坂本史衣 / 山田和範 / 山本 剛
B5判 156頁
定価(本体2,500円 + 税)
ISBN978-4-498-92025-5
2021年01月発行

取り扱い書店はこちら

※本記事掲載のJ-IDEO Vol.5 No.1は2021年1月10日発売です.


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