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基礎から臨床につなぐ薬剤耐性菌のハナシ(21)

[第21回]CREの治療④

西村 翔 にしむら しょう
神戸大学医学部附属病院感染症内科

(初出:J-IDEO Vol.4 No.4 2020年7月 刊行)

 前回まで,日本で現在使用できるCRE/CPE治療薬について概説しました.今回は現時点(2020/2/6)で日本では未発売ですが,海外では承認されている薬剤について概説します.

┃Ceftazidime-avibactam(CAZ-AVI)

 既存の3種のβ-ラクタマーゼ阻害薬(clavulanate,sulbactam,tazobactam)は,β-ラクタム環を含むコア部分がβ-ラクタム系抗菌薬であるpenicillinに非常に類似した構造をしており,(β-ラクタム系)抗菌薬の代わりにβ-ラクタマーゼの活性部位と不可逆的に結合して自らが犠牲になることで,その活性が抗菌薬に及ぶのを防ぐという機序でβ-ラクタマーゼを阻害します.これがsuicidal inhibitor(=自殺性阻害薬)たる所以です.一方で,avibactam(AVI)はdiazobicyclooctane(DBO)系の新しいβ-ラクタマーゼ阻害薬であり,β-ラクタマーゼと共有結合して活性を阻害するものの,その結合は可逆的です.この可逆性という特性によって,AVIは次のβ-ラクタマーゼを阻害することが可能になります【1】.
 AVIの活性を耐性機序(酵素分類)別に見ると,ESBLやAmpCに対して安定した活性を発揮するのみならず,KPCおよびそのほかのclass Aカルバペネマーゼ(例;GES-2,-4~-6,IMI,SMEなど),OXA-48-like型を含む一部のclass D(注;Acinetobacter spp. で頻度の高いOXA-23,-40,-51,-58などに対する活性は乏しくなっています【2,3】)のβ-ラクタマーゼに対しても活性を有しています【4,5】.一方で,metallo-β-lactamase(MBL)に対しては活性がありません.
 Ceftazidime(CAZ)との合剤であるCAZ/AVIの活性を菌種別にみると,CREを含むEnterobacteralesに対しては,MBL産生菌を除く既知のβ-ラクタマーゼのほぼすべてに活性があるため,既存の抗菌薬のなかで最も高い感受性率を誇ります【6~8】.一方でカルバペネム耐性P. aeruginosa(Carbapenem-resistant Pseudomonas aeruginosa, CRPa)に対しては,β-ラクタマーゼはともかく(注;MBLの頻度が高い地域では特にAVIの存在意義が乏しくなります),外膜蛋白OprDの欠損や排出ポンプといった耐性機序に対してAVIは抵抗性を有しませんので,耐性機序に対する克服度という点ではCAZとほとんど変わらず,これらを克服できているceftolozane/tazobactam(TOL/TAZ)よりも感受性率は低くなります【4,9】.カルバペネム耐性Acinetobacter spp. に対しては,前述のようにカルバペネム耐性となる機序の多くをOXA型(-23,-51など)が占めているため,CAZ/AVIにCAZ以上の活性はありません【10,11】.Stenotrophomonas maltiphiliaは内因性にMBL(L1)を産生するためにCAZ/AVIの活性は期待できません〔注;aztreonam(AZT)をAVIと組み合わせると,AZTがMBLを抑制し,もう一つの内因性β-ラクタマーゼでありclass Aに属するL2をAVIが阻害するため活性が復活します【12】〕.そのほか,グラム陽性球菌に対しては,連鎖球菌には多少の活性が期待できますが,ブドウ球菌に対する活性はほとんどなく,さらに腸球菌に対してはまったく活性を有しません.また,嫌気性菌に対する活性も変動があるため,腹腔内感染など臨床的に嫌気性菌の関与が疑われる場合には抗嫌気性菌活性のある薬剤(例;metronidazole)との併用が推奨され【13】,これらのグラム陽性球菌や嫌気性菌に対する活性が十分ではないという特性はTOL/TAZと共通しています.

 投与量はCAZ/AVI 2/0.5 gを8時間おきに1回あたり“2時間かけて”投与することが推奨されており,腎排泄性の薬剤のため腎機能に応じた投与量の調節が必要になります【14】.複雑性腹腔内感染(cIAI)の第Ⅲ相試験で,eGFR30-50の際に投与量を1.25 g 12時間ごとに減量すると,meropenem(MEPM)より治療成績が悪化しており(注;現在,この腎機能での推奨投与量は1.25 g 8時間ごと),この点は注意が必要です【15】.なお,TOL/TAZと異なり,肺炎での倍量投与は必要ありません【16】.CLSIはEnterobacteralesとP. aeruginosaでブレイクポイントを設定しており,いずれにおいても≦8/4μg/mLでsusceptible,≧16/4μg/mLでresistantと判定されます【17】.副作用に関して,第Ⅱ,Ⅲ相試験ではCAZ/AVIに特異的な有害事象は認めていませんが,Coombs試験陽性(ただし溶血は伴わない)が3.2~20.8%程度の頻度で報告されています【15,17~20】.また,第Ⅲ相試験を主体としたメタ解析【21】では,全有害事象の頻度は対照群と変わりませんでしたが,重篤な有害事象(注;有害事象の具体的な内容に関しては検討されず)に限るとCAZ/AVI群で多かった(RR:1.24,95%CI:1.00-1.54)と結論づけられており,この点はさらなる検証を要します.

CAZ/AVIの臨床成績

 cIAIを対象として,CAZ/AVI+metronidazoleをMEPMと比較した2種類の第Ⅲ相試験(RECLAIM ⅠおよびRECLAIM Ⅱ)を統合して解析した結果【15】,さらにアジアでの同様の第Ⅲ相試験(RECLAIM Ⅲ)【17】でも,CAZ/AVI+metronidazoleはMEPMに対して非劣性でした.また,人工呼吸器関連肺炎(VAP)を含む院内肺炎(NP)を対象として,CAZ/AVIをMEPMと比較した第Ⅲ相試験(REPROVE)でもCAZ/AVIはMEPMに非劣性で【18】,複雑性尿路感染症および腎盂腎炎(cUTI/AP)を対象として,CAZ/AVIをdoripenemと比較した2種類の第Ⅲ相試験(RECAPTURE Ⅰ,RECAPTURE Ⅱ)を統合して解析した結果では,CAZ/AVIのdoripenemに対する非劣性が示されています【19】.また,CAZ耐性のP. aeruginosa,EnterobacteralesによるcUTI/APもしくはcIAIを対象として,CAZ/AVI(注;cIAIでは+metronidazole)を選択しうる最適治療薬(best available therapy, BAT)と比較した多国間,オープンラベルのランダム化比較試験(第Ⅲ相試験)の結果は,CAZ/AVI群とBAT群間で臨床的奏効率および副作用発生率に有意差を認めませんでした【20】.この研究に含まれる症例の93%はcUTI/AP症例であり,起因菌に関してP. aeruginosaが検出されたのは11.6%に限られ,またBAT群の93%はカルバペネムで治療されていることから,研究の結果は,主としてESBL(もしくはAmpC)産生腸内細菌による尿路感染でCAZ/AVIがcarbapenem-sparing agentとして利用できると捉えるほうが適切でしょう.これらの第Ⅲ相試験の結果を受けて,FDAは2015年にcIAIとcUTI/APを対象として,2018年にはHAP/VAPを対象としてCAZ/AVIを承認しました.
 市販後のCRE感染症に対する治療成績をみてみます.ほとんどがKPC産生Enterobacteralesに対する臨床研究であり,研究ごとの結果に幅がありますが,臨床的奏効率は50~80%程度,死亡率は10~40%程度です【22~28】.他剤との比較研究に関しては,現存するものはすべて観察研究です.米国での単一施設でのカルバペネム耐性K. pneumoniaeによる菌血症109例(うち106例はKPC産生株)の後方視検討では,CAZ/ABI治療群(n=13,うち8例は単剤,5例はgentamicin併用)は,他剤治療群(n=96,カルバペネム+colistin(COL)あるいはカルバペネム+アミノグリコシド系での併用療法が約60%)よりも臨床的奏効率が高く(85% vs 41%,P=0.006),多変量解析では,CAZ/AVIによる治療が30日時点での臨床的成功の独立した予後因子(OR:8.64,95%CI:1.61-46.39)であったことが示されています【25】.さらにイタリアの多施設での,KPC産生K. pneumoniae感染症でsalvage治療(注;イタリアでは当時未承認のためファイザー社から入手)としてCAZ/AVIが使用された138例の後方視検討では,109例で他剤と併用(頻度順にgentamicin 34例,COL 22例,カルバペネム21例など)されていました.うち104例(併用療法は78.8%)の菌血症症例に関しては,1)菌血症発症から有効な治療が開始されるまでの日数と,2)Pitt bacteremia score,の2点に関してマッチングさせた他剤治療群104例(74.3%で併用療法,うちdouble-carbapenemが27.9%で最多,colistin使用例は18.3%のみ)と比較検討されており,30日死亡率はCAZ/AVI群vs他剤治療群で36.5% vs 55.8%と有意(P=0.005)にCAZ/AVI群で低下しており,さらに2群合計208例の多変量解析では,CAZ/AVIによる治療が30日死亡率の予後改善因子(OR:0.27,95%CI:0.14-0.57)であったと結論づけられています【27】.
 最後にCRE感染症において現在までの第一選択薬であったCOLとの比較試験を紹介します.CRE感染症症例を対象として,CAZ/AVIをCOLと比較した米国での多施設前向きコホート研究では,CAZ/AVI治療群38例(63%で併用治療)とCOL治療群99例(94%で併用治療)の計137例が登録され,起因菌はK. pneumoniae(カルバペネマーゼの有無は54例でのみ検討されており,52例はKPC-2,KPC-3いずれかの産生株)が97%を占めており,感染巣は頻度順に血流感染症が46%(うち19.7%はカテーテル関連),肺炎が22%,尿路感染が14%と続きます.Pitt bacteremia score(<4か≧4で2分化),感染巣(血流感染vs尿路vsそれ以外)を共変量として,Propensity scoreの逆数を用いるIPTW法を用いて解析が行われ,30日死亡率に関してはCAZ/AVI群9%,COL群32%(ARR-23%,95%CI:9-35),さらにCAZ/AVI群のCOL群と比較した場合の30日時点での患者の予後が良好である確率(注;desirability of outcome ranking:DOOR法で解析)は64%(95%CI:57-71)とCAZ/AVIで予後が改善し,さらに腎不全の発症率もCAZ/AVI群5%,COL群13%(群間差:24%,95%CI:4-43)とCAZ/AVIで低下することが示されています【28】.
 なお,CAZ/AVIで治療されたCRE感染症77例(菌種はK. pneumoniaeが77.9%,酵素型はKPCが75%)のなかでの治療成功群(42例)と失敗群(35例)を比較した米国の単一施設での症例対象研究の多変量解析では,感染巣が肺炎の場合(OR:3.09,95%CI:1.03-9.34),および透析患者である場合(OR:4.78,95%CI:1.03-22.2)に,CAZ/AVIでの治療成功率が落ちることが報告されています【26】.さらに,CAZ/AVIで治療された症例203例(注;CRE症例は117例のみ,緑膿菌症例63例を含む)のなかでの治療成功群(144例)と失敗群(59例)を比較した,米国の多施設での症例対象研究の多変量解析では,原発巣不明の菌血症あるいは呼吸器感染症である場合(OR:2.27,95%CI:1.115-4.62)に治療成績が悪化すると結論づけられています(注;両感染巣を併せて検討した理由は記載なし)【29】.
 AVIはOXA-48-like型も阻害できるため,OXA-48-like産生Enterobacterales感染症に対してもCAZ/AVIの治療効果が期待されます.現在までにOXA-48-like産生菌による感染症を対象としてCAZ/AVIの治療成績を検討した研究は,すべて後方視検討であり,臨床的奏効率は40~80%と研究ごとに幅があります【22,30~33】(注;文献31と文献33はOXA-48-like型が最多の酵素型だがそれ以外も含む).また,症例数も少なく,併用薬や感染部位,重症度などの交絡因子も調節されているわけではありませんが,KPC産生菌症例との比較でOXA-48-like産生菌症例では,CAZ/AVIの治療成績が落ちる可能性が指摘されている【22】(院内生存率がKPC 17/23例=73.9% vs OXA-48-like 5/13例=38.5%,P=0.007)ため,OXA-48-like型に対してCAZ/AVIが臨床的にどの程度有効なのかを判断するためには,他剤との比較試験も含めてさらなる臨床成績が集積するのを待つ必要があります.

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