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創業100年超の新聞社が仕掛けたウェブメディア「ニュースイッチ」30代編集長って何者?

メディアの現場の方々を若い目線で紹介していく「学生が迫る、メディアの担い手の素顔」シリーズ。今回話を聞いたのは、日刊工業新聞社のウェブメディア・ニュースイッチで編集長を務める葭本隆太さん。自分の興味関心を大切にして仕事をすることが今の仕事に繋がったと葭本さんは語るが、住宅不動産業界誌の記者を経験後、どうして産業新聞の記者になったのか。貫いてきた記者としての思い、ウェブメディアの課題や今後などに迫った。(聞き手:横山智咲 東洋大学)

ニュースイッチ編集長就任時

物事の裏側を知りたい

ーー大学は建築学科で、自宅は中古マンションを買ってフルリノベーションもされたことがあるそうですが、どうして産業専門である日刊工業新聞社の記者になったのでしょうか。

大学時代は建築学科で、設計や設備、構造など建築全般を学び、4年のゼミではコンクリート構造の壊れやすさについて企業と実験していました。建物や住宅を見て、どのようなストーリーのもとで建てられたのか、建てた人はどのような考え方を持っていたのか、建築の裏側を考えるのが好きでした。

記者職に興味を持ったきっかけは、大学時代から本をよく読むようになり、活字媒体への憧れが生まれたことです。建築と活字への関心から仕事を考えて、建築系の雑誌で働くことを目指しました。しかし受からず、最終的には住宅や不動産の専門業界誌に新卒で入社しました。

6年半そこで働く中で、取材活動がとても楽しくなり考えたのが、住宅不動産業界だけでなく色々な業界に取材できる媒体で働きたいということでした。そして日刊工業新聞社という場所を選んで、縁があって入社させてもらったのが、2014年の12月です。

ーーニュースイッチの編集長とは、どのようなお仕事をされているのでしょうか。

紙の新聞がビジネスとして厳しくなり、ウェブメディアでの稼ぎ方や事業の広げ方が課題となっています。そんな中、新聞に掲載している情報だけでなくウェブの読者を意識したオリジナルコンテンツづくりの強化などが必要になったことから、2018年に私が今所属しているデジタルメディア局編集部ができました。私はそのときにニュースイッチの編集長になり、今もニュースイッチを担当しています。

具体的な仕事としては主に、ニュースイッチのオリジナル記事を作ることと、新聞に掲載された情報から一般の人にも興味関心をもってもらえそうなものを選ぶこと、見出しを変えたりキュレーション(情報を収集、分類し、繋ぎ合わせて新しい価値を持たせること)などです。

ーー入社後2年は科学技術部で防災・環境分野を担当後、第一産業部で情報通信業界で2年、その後ニュースイッチ担当と、担当領域が短期間で変わって大変だったことはありましたか。

もちろん業界について新しく勉強し直す必要はありますが、それを困難だと思ったことはあまりないです。短期間という意味では2年間続けていると業界についてある程度分かってくるので、もう少し続けられたらもっと深いところまで質問できるのにと思う寂しい気持ちはありました。

ーー困難に感じないというのは興味を持てるからでしょうか。

そうですね。新しいことを知ることはとても楽しいし、自分で取材先を見つけたり人に話を聞いたりすることもRPGゲームのようでとても楽しいので、記者の仕事を困難に思うことはないなと思っています。

ーー元々ウェブメディアで働きたいという思いはあったのでしょうか。

最初は特にデジタルに興味があったわけではありませんでした。物事に対する疑問やその裏側を知りたいという思いが記者の仕事をしている理由でしたが、担当の業界がある紙媒体にいたときは自分の興味関心で動ける時間は限られていて、自分で企画して取材をしたいとずっと思っていました。

そんな時、1本のメールが来ました。「今度お昼ご飯を一緒に食べよう」と書いてあり、差出人を見ると現在のデジタルメディア局の局長で、それまで直接コミュニケーションをとったことはほとんどなかったのですが、僕が限られた時間の中でたまに自分で企画を立てて取材していたのを認識していたようです。少し高めのランチに行って、「こんな仕事をしてほしいんだけどニュースイッチに来ない?」と聞かれたので、「それは是非やりたいことです」と即答しました。

そうやって、自分のやりたい事をそれなりにやっていたら誰かが見ていて、今この場に連れてきてくれた感じです。入社した時はこのような仕事をやるとは思っていなかったし、今の仕事も楽しくやれているので、良い縁に恵まれました。

社内会議

読者にも取材相手にも誠実に

ーー新聞とニュースイッチでは、業務内容や取材先との関係の作り方などに違いはありましたか。

あまりありませんが、大きな違いとしては業界担当ですね。新聞では常に同じ業界を担当しているので、その業界の企業の広報担当者との情報交換などを通してニュースのネタを見つけることも多いです。

一方、ニュースイッチに業界担当は全くなくて、各個人が自分の関心ごとから企画を立てて取材先を見つける形です。だから知りたいことや関心を明確にして、最初に自分がやりたい企画を初対面の相手に伝える必要があります。

――逆に記者として変えないようにしていることや共通点などはありますか?

記者としては一貫して「誠実でありたい」と思っています。その誠実というのは、取材相手に対しては事実と違う記事を書かないことは当然ですし、自分が事前に考えたストーリーに沿う言葉を無理矢理引き出すといったことをしないことも意識します。

一方、読者に対しても誠実でありたいです。取材内容を鵜呑みにしてしまうことがありますが、ただの広報ではなく記者として、例え企業にとってネガティブな情報だったとしても、読者が本当に知りたいことを聞き出せているか、きちんと伝えられているかを考えるようにしてます。

そうやって、読者と取材相手の真ん中にいられるように自分を客観視することは、ずっと意識し続けていることです。

ーー記者として自分を客観的に見つめるということは難しいことだと思いますが、具体的に工夫していることはありますか。

そうですね、記事は書き終わったら何回も読み直しています。そのときに意識していることは、「読者が知りたい事がちゃんと知れるのか」「ツッコミは甘くないか」と読者になりきることです。

ーーなるほど。それは、記者の仕事を経験する中でできるようになったのでしょうか。

本を読むのがめちゃくちゃ好きなんです。ノンフィクションとか新聞の記事とか雑誌とか色々読みますが、その時に「これは企業に書かされていないか?」と一読者としての読み方ができていることがあるかなと思います。

あとは記事を出す前に会社の人に読んでもらうとき、「なるべく読者側のスタンスでダメ出しをしてほしい」とよく言います。読んだ側がどう思うかが大事なのでダメ出しはなるべく甘んじて聞くようにしています。

――企画のテーマはどのように決めていますか。

「どうしたら面白いテーマを見つけられますか」と聞かれることがありますが、何か特別なことをしているわけではないのです。私の場合、なんとなく自分の中で引っかかったニュースを自分なりに調べていると、さらに知りたくなるので気づいたら企画になっています。

例えば4月に、GAFA(Google・Apple・Facebook・Amazon)が個人情報を独占して勝手に使用しているといったニュースを基に、個人データについて連載企画を立てました。そういったニュースを聞いたときに思ったのが「個人的にはそれで私が使うサービスが便利になっている面があるので一定程度はしょうがないのではないかな」ということ、そして「データは本来個人のものだけど実際に自分の多様なデータが手元に戻ってきた時にそれを自ら使っていく未来はあるのかな」という疑問でした。そこでさらに調べてみると、情報銀行のようなビジネスモデルが誕生するかもしれないことが分かり、興味を持ちました。そうやって少しでも面白そうだなと思ったところから企画を積み重ねていくうちに連載になっています。

ーー日常の中で引っかかったテーマだからこそ、読者に親しみやすい媒体になるのですね。読者から感想をもらうことはありますか。

ウェブメディアはコメント欄があれば感想を直接見ることができますが、ニュースイッチにはないので、反響を確認するのはTwitterやFacebookなどでのエゴサーチです。それで見知らぬ誰かに褒められていると一人でニヤニヤします。そういう風に反響を確認して、自分の伝えたいことが伝わっているかどうかをなんとなく評価して仕事をしています。

生産性が上がったオンライン取材

ーーコロナ禍によりテレワークの動きが広がりましたが、日刊工業新聞社の働き方は変わりましたか。

緊急事態宣言が出て会社全体として4~5月がテレワーク推奨になったことは結果としてとても良かったです。通勤時間がなくなったので、7時に仕事が終わったらそのまま子どもたちとご飯を食べることができ、家族と過ごす時間ができました。

ーー取材もオンラインで行ったのですか。

そうですね。取材活動自体もオンラインでせざるを得なかったです。対面で会ってその人の雰囲気を掴むのが大事だと思っていたので最初は全然慣れませんでした。しかしやっていくうちに結構できるようになるのだなと感じています。

5月は新卒採用についてウェブ会議システムを使って20社弱取材しましたが、日程調整がとても楽で、恐ろしいくらい生産性が上がりました。いつもは1つの企画で1カ月半から2カ月くらいかかるのが、今回は3週間でした。

先日はスタンフォード大学の日本人の先生に取材をしましたが、実際に現地に行く必要がないため声を掛けたらすぐに取材ができました。海外とまでは言わずとも、国内でも出張申請を出さずに気軽に取材ができるようになるので、可能性が広がっています。

ーーコロナ禍が終息した後でも、テレワークやオンライン取材はありだと思いますか。

「オンラインで取材をしてもいいですか」と聞くことは一昔前は想定されていませんでしたが、今は多くの人が認めている方法だと思います。生活様式が戻ってもこの方法は残るのではないでしょうか。

また、会社に行くだけで仕事をしているという錯覚がどうしてもありますし、会社だと雑談をして時間がなくなることもありました。テレワークになり、そういう時間が削ぎ落とされたことでより仕事に集中できていることも良い点です。

ただ、オンラインでも一対一の会話は十分成立しますが、複数人での会話は難しいなと思います。

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ウェブメディアの今後

ーー今後、ニュースイッチとしての目標はありますか。

ニュースイッチはヤフーやLINEといった外部の巨大プラットフォーマーに記事を配信していることもあり、一般の人が目にする機会は新聞より多く、一定のブランディング効果があります。しかしリーチする幅が広いことが次の事業に繋がっていません。ずっと議論しても、解決策はなかなか出ていないのが実情です。

フラッとニュースイッチを読んだ人を新聞の購読につなげられるのでは、という考えもあったのですが、これが結構大変です。ユーザー行動はまだ見えてないところがあるので、今後より分析していかなくてはいけないと話しているところです。

PV数が何百万と多くても有料ではないので収益は決して多くない広告費だけですし、今無料で展開しているサイトを有料にしてもうまくいかないと思うので、別のサービスか付加価値を提供して別の収益モデルを作れればいいなと思っています。

ーー今後はビジネスにつなげてきたいということですね。

全体としては製造業に関わっている人が自分の業界と関係するニュースを知るために読んでいる人が多いのですが、日刊工業新聞は読んでいないけれどニュースイッチは読んでいるという人は結構多いです。

モノづくりの部品や素材を作る工程で働いている人達は仕事のために情報を集めているので、ニュースイッチに対する親和性が高いと思います。だから、そういう人たちに刺さる媒体、毎日読みたくなるような媒体にしたいです。そこから新聞の講読や会社のサービスを受けることにも繋がると思っています。

人や生活に関わるテーマを自分なりの視点で

ーー最後に、葭本さん自身が今後扱いたいテーマはありますか。

産業新聞といっても一人一人のビジネスパーソンが読んでいることが前提なので、「衣食住」ならぬ「医職住」、個人の生活に関わるテーマの課題を扱っていきたいと思っています。

「住」に関しては、以前住宅や不動産業界を専門にしていたことに加え、ニュースイッチでも2回ほど連載をしているので得意なテーマです。

そして特に「医」に関しては、生活する上でとても大事であるし高齢化など社会課題も多いけれど、医療の世界は一般の人の日常からは遠く難しいテーマなので、自分なりの視点で掘り下げて生活者にとって意味のある記事が書きたいと思っています。

直近では個人データの問題を取り上げましたが、「個人データはどう使われれば人間にとって幸せなのか」は今後も追いかけていきたいです。

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葭本さんの過去記事ポートフォリオ

葭本隆太
日刊工業新聞社 デジタルメディア局編集部ニュースイッチ編集長
住宅や不動産業界の専門誌の記者を経て、2014年に日刊工業新聞社に入社。編集局科学技術部で防災やエネルギー・環境関連技術などを担当後、2016年から第一産業部で携帯キャリアやインターネット業界を中心に取材していた。2018年からデジタルメディア局でニュースイッチ編集長を務めている。ニュースイッチは、日刊工業新聞社100周年を記念して生まれ、今年6年目に入るウェブメディアである。過去記事のポートフォリオはこちらから。
聞き手&執筆担当:横山智咲
株式会社クロフィー インターン
東洋大学社会学部2年

インタビューを終えて:今まで産業新聞にはあまり馴染みがありませんでしたが、記者の方から人や生活の裏側に興味や関心があったことが原点であるというお話を聞き、より身近な存在に感じられました。葭本さんが記者という仕事を楽しまれていることが内容からも話し方からも伝わり、終始楽しくお話を聞かせて頂きました。普段から客観的な視点を持って文章を読む、日常生活において疑問や関心をもてるようアンテナを張るなど、今回学んだことを今後に生かしていきたいです。
本連載企画について:
書き手のための業務効率化クラウドサービス『Chrophy』を開発する株式会社クロフィーでは、『学生が迫る、メディアの担い手の素顔』と題した本連載企画を行っております。編集は庄司裕見子、カバーイメージは高橋育恵、サポートは土橋克寿
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