ナイトオブザプラネット

「上京」が田舎から東京に出ることだというのは知っているが、その逆をなんというのか僕は知らなかった。「その逆」の彼女のことは ひな と呼んでいるが、本名は知らない。正しく言えば、聞かなかった。

ひなのことを知りたかった僕は何度か遊ぶのを断られた後に「夜景を見に行こう」という僕の提案を意外にも受け入れてくれた。

夜景を見に行くと言ってもひなが見慣れた都会ほどのネオンはないし、かと言ってど田舎ほどの大パノラマも広がっていない。あるのはさほど高くもない山から見下ろす僕が見慣れたよくある田舎の風景と、まばらに通る車の黄色と赤のライトだけ。ここにまつわる怖い話もあったが話すのはやめた方がいいと思った。

ひなはそんな僕の夜景スポットを「星がとっても綺麗だね」と見下ろすのではなく、見上げてそう嬉しそうに言ってくれた。
30分くらい深入りし過ぎない他愛ない会話を終えたあとに僕が「もう帰ろっか」と言うと、ひなが少し間を開けてうなずき、最後にもう1度だけ星空を見上げた。
迎えのときと同じくひなの家の近くだと言う場所まで送り「じゃあね」と僕が言って、ひなが少し微笑みながら手を振ってそれに返してくれた。「またね」は心の中で言ったほうが良いと思った。

ひなは少し苦しそうに見えた。夜にしがみついているように。朝日を待っているように。でも本名も知らない僕が、朝に連れ出してあげるなんて言うのは余計なお世話だと思い、せめてひなのことを陽菜(ひな)って呼んであげたいと思った。

細い後ろ姿が夜と混ざってしまう前に言わなければならないと思い、ついさっき心の中に閉まったはずの言葉を出した。
「陽菜!またねー!!」
ギリギリ届くくらいの大声で僕がそう言うと、表情は分からなかったが、大きく手を振ってそれに返してくれたのがわかった。

僕は車を走らせたあとで、さっき心の中から出してしまった言葉の代わりに「朝で溶かしてあげる」を大切に閉まった。

朝で会ったら、聞けそうな気がした。


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