9月に読んだ本

9月は新しい職場に慣れるので精一杯だったのでなかなか重い本を読めていないが、『エデュケーション』をはじめ面白い本を読むことができた。疲れを癒やすために、ほぼ娯楽として本を読んでいた。

内澤旬子『着せる女』

『アヘン王国潜入記』で大好きな高野秀行がスーツをビシッと決める、と聞いただけで読もうと思った。高野秀行だけではなく、様々な紀行に同行しているカメラマンの森清、本の雑誌社の浜本茂といった人々が見違えるほど変わるのが見物だ。

メンズファッションは難しい。「おじさん」ともなればそこに「おじさんが着飾ってもなぁ」という自意識も滲んでしまう。しかし、きちんとスーツを選んでもらうだけでビシッと変わってしまうのが服の凄いところだ。

服の威力も面白いが、内澤旬子の筆致も面白い。テンションが上がっている様がありありと浮かぶ筆致というのは、感情の赴くままに書いているようできちんと推敲しているはず。良い仕事を見るというのはやはり気持ちの良いもので、本書ではバーニーズの凄腕フィッターである鴨田優誠の仕事と、その仕事ぶりをテンション高く描く筆致が本当に気持ちが良い。カウンターで握ってもらう寿司みたいな感じだ。

高い寿司屋のカウンターに行ったことはないけれど。

タラ・ウェストーバー『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』

流行りの「親ガチャ」という尺度で捉えるならば、著者のそれは正直に言ってしまうと大外れだろう。モルモン教のコミュニティのなかでも異端の家庭で、公立学校に通うこともできず、父親の作業場では何度も死にかける。

フィクションではなく実話なぶん、ジャック・ケッチャムの『隣の家の少女』の虐待描写よりも遙かに心理的にくるものがある。

それでも著者は周囲に恵まれた。自ら学び、独力で実家を出た兄。死に物狂いで進学したブリガム・ヤング大学で出会ったビショップ。そういった人々に助力を受け、著者はついにケンブリッジ大学へと進む。

実家の洗脳を理解しながらも、家族への愛を捨てきれない葛藤が胸に迫る。異端とはいえモルモン教はキリスト教にルーツを持つ。家族愛の重さは、非キリスト者には想像できないくらい重いだろう。

それでも、痛みを背負いながら洗脳を解き、世界に向き合っていくさまは美しい。

みやすのんき『走れ!マンガ家ひぃこらサブスリー』

ランニングをするにあたって読んでみたが、後半はフルマラソンを目指すことが前提なのであまり参考にならなかった。現状は5~6kmくらいを走っているのだが、左膝に不安がある人間としては前半のランニングフォーム解説は参考になった。

永井義男『幕末一撃必殺隊』

松本次郎『いちげき』が面白かったので、下敷きとなった小説も購入。

『いちげき』は一撃必殺隊の隊士となった農民丑五郎にフォーカスを当てた作品だったが、本作は勝海舟と西郷隆盛を中心に幕末史を立体的に小説に落とし込んでいる。

この内容を漫画にするよりは、大胆に特定の人物にスポットを当ててしまうというのは『駿河城御前試合』を『シグルイ』に翻案する様子でも見られたので、やはり漫画はキャラクターなのだなと感じる。

勝海舟は成り上がりゆえにべらんめえ調で喋ることができる、というのは小説でも述べられていたが、漫画ではその側面を外見で出しつつも冷徹な台詞を吐く。そのギャップが小説の持ち味である。

ここからは余談だが、時代小説にしろ時代物漫画にしろ、最近はこれまであまり扱われてこなかった題材が増えてきていて嬉しい。松井優征『逃げ上手の若君』は北条時行を扱っているし、三原和人『ワールド イズ ダンシング』が扱っているのはなんと世阿弥だ。

『ワールド イズ ダンシング』は時代考証もしっかりしているので盛り上がって欲しい。

木尾士目『はしっこアンサンブル』

げんしけんは食わず嫌いで読んでいなかったが、新鮮な気持ちで読んでみた。工業高校の合唱部というレアな題材だが、「オタクもヤンキーもいて、そんなに仲が悪いわけではない」という空間として工業高校が選ばれるのは納得。

低い声がコンプレックスだった主人公が「ここまで低い周波数はなかなか出せない」と合唱部を作りたい同級生に巻き込まれるような形で合唱に出会い、物語が始まっていく。

ラブコメあり、成長物語あり、葛藤ありと全部のせの青春物語をまとめられているのは流石の構成力という感じで、何より工業高校という舞台が屈託なく読める。(工業高校卒の友人が多いからそう感じるのかもしれない)

合唱シーンの描き方はけっこう独特なのだが、知っている曲ならば本当に画面から音が聞こえてくるような迫真さもある。コミックDAYSでアフタヌーンを購読していたが、『波よ聞いてくれ』『プ~ねこ』に加えて読む漫画が増えた。今ならまだ単行本の続きから読めるので7巻まで読んでコミックDAYSを契約しよう!

次回予告

10月は以下の本を読みたい。

・西田圭介『ビッグデータを支える技術』
・上原誠, 志村誠, 下佐粉昭, 関山宜孝『AWSではじめるデータレイク』
・ジェームズ・クリアー『ジェームズ・クリアー式 複利で伸びる1つの習慣』
・チップ・ハース, ダン・ハース『スイッチ! 「変われない」を変える方法』
・大谷崇『生まれてきたことが苦しいあなたに 最強のペシミスト・シオランの思想』
・月村了衛『機龍警察 白骨街道』


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