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仲間ログ#55:Broken Hearts 結成40周年!(191/1000)

大学のときに同級生の友人と始めたバンド、Broken Hearts。
お察しのようにいろいろなことがあってのネーミング。厨二だな笑。

それからの40年を1行でまとめると、
就職して結婚して子どもが生まれて還暦を迎えてバンド再結成。
清水義範流に7文字でまとめると、
「いろいろあった」
ということですね。(当たり前か)

大学の同級生と言っても年齢はちょっとバラバラ。
一足先に還暦を迎えたT村さんやI井さんがいて、このたび該当するS柳さんがいて、来年組がYかりちゃん(イニシャルの意味ないけど)と私ですね。

これまで、還暦を迎えた友人を、バンドメンバーだけではなくメロリユニ関係者と趣向を凝らしながらお祝いをしてきました。
今回もすごいよ。
S柳さんたっての希望で完全ライブ。5つのバンドと観客飛び入りコーナーがあって音楽三昧。そのうちすべてのバンドに出演するというのだから、S柳さんのミュージシャンっぷりも分かろうというもの。
歌ってギターとピアノを弾いてフルートとサックスを吹くというマルチぶり。あと口笛も絶品なのでどこかでホーホケキョって鳴くことでしょう。

BH(とツウは省略しますね)は大学時代のバンド。
卒業後はそれぞれの仕事やプライベートが忙しく、まったく活動していませんでした。といってもバンド以前に友人だから、いっしょに遊んだり飲んだりして、つながりはずーっとあったわけですが。

そうして卒業から30年近くの時が流れた2011年。
毎夏、Yかりちゃんの家で花火を見る会があり、花火そっちのけで昼間っから飲んだり歌ったりギター弾いたりする集いなんですが、そこにはいつもバンドメンバーも参加しております。
そこでなぜか話が盛り上がり(きっかけはなんだったんだろう?)バンド再結成しよう! ということになりました。

ドラムのM崎さんが不在だからどうする? と言ったらYかりちゃんが「私がやる!」と名乗りをあげてくれました。
さらに、学生の頃に山下達郎の「Sparkle」をやったことがあったので、まずはSparkle再演したいね、なんて話をしてたら「吉田美奈子はいりませんか~?」と問う声があり、ひめ(というニックネームの姫様)も参加してくれることに。
二人をFriendsとして、Broken Hearts with Friendsが始まったのであります。
パチパチ。

それから8年、何度もライブしたなあ。
そうして今回はBH結成してから40年目。還暦のお祝いでもあるので、かつてやった曲をやろう、ということになりました。

1曲目はアメリカの「Sister golden hair」。
初めてBHとして演奏した開闢の曲。それ以来だからなんと40年ぶりだよ。
当時、部室で練習していたら、見知らぬ外国の人が「オー シスターゴールデンヘア デスネ」といきなり入ってきて、ドラムを叩いてくれたなんて思い出があります。今頃彼はどこでなにをしているんだろう?

2曲目は佐野元春の「SOMEDAY」。
これは卒業ライブでやった曲。
当時ドラムを叩いてくれたY川くんが急遽参加してくれることになりました。見出しの写真はSOMEDAYを演奏するときのセッティングですね。

3曲目はルイ・プリマの曲でデイヴィッド・リー・ロスがカバーしている「ジャスト・ア・ジゴロ」の替え歌で「ジャスト・ア・治五郎」です。これは加納治五郎と左甚五郎の素晴らしい人生を讃えた内容。
歌詞はこういうものです。
「俺は治五郎 加納治五郎 知らない奴はいない
俺にかかれば どんな奴も うー、ちぎっては投げ
俺の夢は 柔道を 世界に広めること
だって柔よく剛を制す そんなことが 愉しいからさ
あー人生はハッピー 大丈夫 誰だって 大丈夫
大丈夫 誰だって
あー 生きてりゃラッキー 
好きなこと好きなように
やりたいことやりたいようにやればいいのさ
そうだろ 嘘じゃないんだ」
楽しそうでしょ?

スタジオにはY川くんも来てくれて、38年ぶり(!)にSOMEDAYを演奏してみましたよ。
うわ~懐かしい。ドラムのフィルインが当時のまま。(というか当時からちゃんとコピーしてた、ってことですね)

スタジオでの練習はあっという間の2時間でした。
本番は来週。
うまく演奏できますように。

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