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歌舞伎観劇録: 「お約束」を守る楽しさと破る楽しさ

2週間ほど前のことになりますが、歌舞伎を観に行ってきました。

歌舞伎はいまだに役者さんの顔と名前が一致しないですし、誰がナントカ屋みたいなのは全く覚えられないのですが、年に2-3回は観させていただいています。推しは中村七之助さんと玉様です。

歌舞伎もアイドルも「お約束」を楽しむもの

私はももクロや欅坂といったいわゆるアイドルも好きなのですが、歌舞伎の舞台もアイドルの現場も「お約束」を楽しむというところがとても似ていると思っています。

ここで言う「お約束」は「恋愛禁止」とか「2ショット会でアイドルちゃんとファンとの間に貼ってあるガムテープは踏み越えない」みたいなものではなくて、「この曲のイントロではこのMIXを打つ」とか「ライブの本編が終わったらメンバーが出てくるまで『アンコール!』と叫び続ける」みたいな、いわゆる様式のことです。

歌舞伎のお約束で一番わかりやすいのは「大向う」ですね。あの「成田屋!」とか叫ぶやつです。その他にも「いわゆるヒーロー的立ち位置の役は赤い隈取をする」のような化粧や衣装に関するお約束や、「大物が花道から出てきたり、または花道に引っ込んだりするときは、すぐに移動せず花道の上で一旦止まってなんかやる(?)」のような立ち位置や演技に関するお約束がいろいろあります。

歌舞伎の舞台でもアイドルの現場でも、お約束は初見殺しのようにも見えますが、分かるとコンテキストが共有できて、一体感の醸成に役立つものです。例えばずっと歌舞伎を観てきた人でなくても、花道からすぐに舞台に移動せずになんかやってる人がいたら「この役者さんは大物なのだ」ということが分かったり、見ず知らずのファン同士でMIXがきれいに揃って、曲の合いの手として機能したりするわけです。

「お約束」通りの連獅子

今回の吉例顔見世大歌舞伎に話を戻すと、夜の部は3部構成になっていて、

1部が中村莟玉(かんぎょく)さんの披露演目、

2部が松本幸四郎さん(昨年染五郎さんから襲名されました)と市川染五郎さん(幸四郎さんの息子)の連獅子、

3部が昭和52年に池波正太郎さんがお書きになった作品である「市松小僧の女」という構成でした。

1部の披露演目も、芝居の途中で突然現実に戻ってお披露目の口上(あいさつ)が始まり、その後は何事もなかったかのように芝居に戻る…というお披露目のお約束が入っていたのですが、特にお伝えしたいのは2部、の、染五郎さん。

えーと、最近までなんかこう、少年みたいな感じだと思ってたんですが(このホームページの写真の印象が強い)、いつからそんなに美しい青年におなりになったのでしょう?…というくらいお綺麗でした。推し増し確定です。

連獅子は、親獅子が仔獅子を谷に突き落として、上がってきた仔獅子だけを育てる、という故事を表現する舞踊(劇ではなく踊りが中心の演目)で、親子愛が背景にあるお話です。

親子愛が背景にある話、というのも歌舞伎のお約束の一つで、連獅子の他にもいろいろなお話が該当します。とはいえ、他の話では親子の役を必ず親子で演じるとは限らないところ、この連獅子は、実際に親子関係にある役者さんたちが演じることの多い演目だと思います。

そのためかは分かりませんが、最後の一番有名な獅子の精の舞(あの赤と白の髪振り回すやつです)のシンクロぶりは目を見張るものがありました。シンクロしているとは言っても、親獅子(白)は親獅子らしく重厚に、仔獅子(赤)は仔獅子らしく身軽に舞われるんですよね。

「お約束」を破る市松小僧の女

対して、3部の市松小僧の女は、昭和52年に書かれた「新作」の作品です。40年近くも前の作品を「新作」と呼ぶのも妙ですが、歌舞伎の作品のほとんどは江戸時代以前に書かれたものなので、昭和は超新作。

しかも、時代小説家の池波正太郎さんがお書きになったということもあって、歌舞伎のお約束をいろいろ破ってくる作品です。

まず、主人公の「お千代」が全然女性っぽくない。

普通の歌舞伎における女性というのは裏声とナヨナヨした仕草、といういかにも女性らしい役が多いのですが、このお千代さんは剣道の名手で、襲われても一撃で相手をやっつける。声も「これはほぼ時蔵さん(お千代さんを演じてた俳優)の地声なのでは?」と思うレベルに低い。とは言え、本当の地声で本当の男として演じてしまうとマジで男の役になってしまうので、おそらく女方の高い演技力が要求されているのだと思います。

そして、ストーリーもなんだか歌舞伎というよりはテレビドラマっぽいドタバタさ。最後、お千代さんと旦那さんがよりを戻すシーンで、紙の雪が降って絵的に美しくなるところも大変テレビドラマっぽい。

こんな風にお約束を守りつつ破ってくるところが現代の歌舞伎の楽しさなのだと思います。

来月はナウシカ歌舞伎といういささかイロモノっぽい作品を観に行くのですが、こちらも今から期待してます。王蟲とかどうなってるんだろう…

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