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【交換小説】#行きつけ 1

いつもマスターのお任せコースを注文している。コースの内容は串10本、お茶漬けかおにぎり、最後に抹茶のアイスで締め。コースの値段は2600円。マスターは所謂、無口な人。料理人というイメージにしっかり収まっていて、客に安心と好感を一瞬で生んでいる。油を扱うお店ではあるが、カウンターから見る厨房はピカピカでいつも綺麗だ。なによりメレンゲを活かした衣がこれまで食べてきた衣の食感とはまるで別次元で、一見さんはそこで驚く。串カツであって串カツではないのです。新世界の串カツ、二度漬け禁止という串カツとは明らかに一線を画している。季節によって串の食材は変わっていく。一品目の蟹の串カツから魅了される。マスター「蟹になります。そのままでどうぞ。」と客に目を合わせることなくカウンター越しで、血管の浮いた腕を伸ばしお皿に乗せてくれる。油の温度、取り上げるタイミング、熟練という言葉だけでは足らず、料理に才能を感じる一品一品に舌を巻いてしまう。そして、串カツといえばソースという概念はこのお店にはなく、10本中ソースをつけるのは、豚串の一品だけです。主に特製タレ、薄いお出汁、そしてお塩です。中でも、最も幸せを感じる一品、金目鯛の串。ギザギザのウロコを少し残して揚げ、カリカリパリパリの食感を感じたあと訪れる鯛の身のホロホロ感、衣の中の鯛の身はほどよくしっとりとしています。なにより手元に置かれる前のマスターの一言がたまりません。大袈裟ではなく、この世の中で一番信頼出来る言葉かもしれません。

「すだちを搾ってお塩でどうぞ。」

嘘偽りのない言葉。
なんという信頼感。
信頼と実績。

「マスク二枚になります。そのままでどうぞ。」

雲泥の差。

マスターの作る料理は串カツ以外も全部美味しいんだろう。お店には行けていません。何故か申し訳ない気持ちになります。落ち着いたらまた行きます。

#交換小説 #短編小説

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