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#85 腸内環境理解のための生物学入門。最終回: シリーズの振り返り。

毎日夜19:30に更新中!腸内細菌相談室。
現役の研究者である鈴木大輔が、腸内細菌にまつわるエピソードをお届けしております🦠

腸内環境を理解するために必要な生物学の基礎知識をお届けする本シリーズも、最終回を迎えました。今回は、本シリーズ全13回の放送の総集編ということで、今までお話してきた内容を振り返ることで、有機的にエピソード同士の内容が繋がった使える知識として、皆様の中に届けば良いなと思っています。それでは、最後の旅に出発しましょう!

このお話は、聴いて楽しむポッドキャストでも公開しております!ぜひ遊びに来てください!

わたしたちという階層構造とトップダウン的な遺伝情報の旅

本シリーズの旅は、わたしたちについて考えることから始まりました。わたしたちとは何でしょうか?ここでは、トップダウン的なアプローチで遺伝情報に迫ります。

私達は、器官系の集合体です。器官系とは、器官が織りなすシステム=系です。例えば、消化器、心血管系、筋骨格系などが器官系に該当します。器官系は、器官という要素に分解して考えることができます。例えば、脳、胃、大腸や小腸などがそれに当たります。

さらに、各器官は組織という要素に分解して考えることができます。組織とは、一様な働きをもつ細胞の集まりのことです。したがって、組織より細かい存在としての細胞を考えることができます。

細胞は、生物の構成単位として考えられています。すなわち、細胞は自己複製を行い、ホメオスタシス=恒常性維持機能を備えているという意味です。細菌からヒトに至るまで、細胞が構成単位である点は共通です。

では、細胞とは何でしょうか。それは、タンパク質、脂質、核酸、水、その他の物質の集合体です。コアセルベートのように膜構造をもち外界と内界を区別します。膜構造には膜タンパク質が存在することで、内界=自己の物質濃度をコントロールしています。細胞を構成する材料は、多くが代謝を進行する触媒=酵素によって作られます。酵素はタンパク質ですから、細胞の存在はタンパク質によって支えられているといえます。

タンパク質とは何でしょうか?タンパク質は、アミノ酸が重合してできた高分子です。アミノ酸とは、アミノ基、カルボキシル基、水素、側鎖が炭素に結合した物質で、アミノ基と酸性をもつカルボキシル基より、アミノ酸と命名されます。アミノ酸が、ペプチド結合と呼ばれるアミノ基とカルボキシル基の結合を形成することで、タンパク質は形作られています。

タンパク質は、多様です。構造タンパク質から酵素に至るまで、様々な機能を持ちます。この多機能性をもつ理由は、タンパク質を構成するアミノ酸の物性が多様だからです。アミノ酸の側鎖には、酸性から塩基性、親水性から疎水性までの様々な構造の分子が結合することで、アミノ酸の多様性を生んでいます。

タンパク質には、それぞれ固有の一次構造=アミノ酸の並び方があり、これによって高度な機能を生じているのです。では、タンパク質の一次構造はどのようにして生み出されるのでしょうか?ここからは、セントラルドグマを逆行する形でお話を進めます。

タンパク質は、翻訳というプロセスを経てリボソームにて産生されます。リボソームにタンパク質の一次構造の情報を伝えるのは、mRNAと呼ばれる核酸です。mRNAは、ヌクレオチドと呼ばれる分子が連なった高分子であり、核酸の一種です。RNAのヌクレオチドは、リボース、リン酸、4種類の塩基(=アデニン、グアニン、シトシン、ウラシル)のいずれかの塩基によって構成されます。mRNAの遺伝暗号が翻訳されることで、意味をもつタンパク質になります。

では、mRNAはどこから来るのか。mRNAは、転写というプロセスを経てRNAポリメラーゼにより生産されます。転写では、DNAと呼ばれるRNAとは異なる核酸が情報の鋳型となって、RNAへの遺伝暗号の写し取りが行われます。DNAは、RNAにおける塩基のウラシルの代わりに、チミンが使われます。DNAの基本構造はRNAと同じくヌクレオチドの重合体=高分子です。

DNAを構成するヌクレオチドの一部である塩基の並び方こそが、mRNA、タンパク質、ひいてはヒトの中で起こる代謝を規定しています。DNAを構成する塩基の並び方を塩基配列と呼びますが、塩基配列こそにヒトの代謝を司る情報が詰まっているといえるでしょう。たった4文字の塩基=アデニン、グアニン、シトシン、チミンによって私達のアイデンティティが構成されているのは、とても不思議で面白いです。4文字さえあれば、こんなに複雑な生物を作れてしまうのです。

ヒトの生存に必要な情報は、DNAに塩基配列として物質的に刻まれています。この情報のことをゲノムと呼びます。ゲノムこそが、遺伝情報の本質です。私達は、両親からゲノムを受け継ぐことで、ヒトという生物の遺伝的な多様化に貢献しています。

わたしたちという超生命体と次世代の顕微鏡

では、私達の細胞をもう少し細かく見てみましょう。すると、そこには沢山の微生物が繁茂していることに気づきます。それもそのはず、2016年のFuchsとMilloによる研究では、私達を構成する細胞の56%は細菌であると結論づけています。

つまり、私達の体を構成する細胞1つに対して、1つ以上の細菌がいるのです。私達は、微生物との共生関係を築くことで、生物としてのホメオスタシスを保っています。複数の器官系+微生物叢こそが私達の正体です。この概念を超生命体と呼びます。少し大げさな名前には感じますが、複数の生物が1つの個体を形成している点、生命体を超えた何かと考えることもできます。

では、このような、一種のアイデンティティ・クライシスを起こすような事実は、どのようにして判明したのでしょうか。1つは顕微鏡の発明です。これにより、微生物という私達とは階層が異なるスケールにおいて生きる存在に気づくことができました。ヒトの見えているものは、せいぜい0.1 mmの物体が限度です。

2つ目は次世代シーケンサーの発明です。次世代シーケンサーを、次世代の顕微鏡と呼んでも良いかもしれません。次世代シーケンサーの発明により、以前の私達は気づくことのできなかった、でも直ぐ側にいる、数多くの微生物の存在と直面します。次世代シーケンサーにより、並列的に生物に由来するDNAの塩基配列を読むことで、高速に生物の存在や同定を行えるようになりました。光学顕微鏡では視ることができない、分子レベルの生き物の痕跡ですら、人間は視ることができるようになったのです。

わたしたちが目指すのは微生物との相互作用を通した自己理解

最後に、腸内細菌を研究するバイオインフォマティシャンや分子生物学者、微生物学者が目指す、1つのゴールについてお話します。それは、腸内細菌を始めとする、微生物との相互作用を通した超生命体としての私達の自己理解です。

私達の体を見つめるだけでは、難治性のrCDIや炎症性腸疾患、胃がんなどに対する有効なアプローチは見つけることができません。私達と、私達に住む微生物、そしてその間の相互作用を理解することで、疾患や健康についての考え方をアップデートすることが可能です。これによって、細菌をむやみやたらと排除せずに、必要なときには受け入れていく社会が、近い未来にやってくると、私は信じています。

腸内環境は、ヒトという個体の中で最も微生物との相互作用が激しい環境です。腸管上皮細胞という半透膜を隔てて、私達の体と腸内細菌は密接に、物質的なコミュニケーションを取っています。

私達と腸内細菌は、どのような会話をしているのか。それは、まだ多くのことが分かっていません。私は、これからの10年で、飛躍的に理解が進むと予想しています。つまり、これからの10年が、ヒトという生命を再定義するタイミングになると、私は理解しています。めちゃめちゃ面白い時代に生まれてきました。

この面白さを100%楽しむために、本シリーズが皆様にとって少しでも役に立っていれば、一発信者としてこの上ない幸せです。

これにて、全14回の"腸内環境理解のための生物学入門"シリーズは閉幕です。最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!

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余談ですが、本シリーズは毎回数十人の方が聞いてくださっているようで、最後まで再生回数が伸び悩むことなく続いてきました。お楽しみ頂けていれば、幸いです。発信のモチベーションを沢山いただきました。ありがとうございます!

本日も一日、お疲れさまでした。

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