プロ野球賢者の書(特別編)【星野仙一没後5年】

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冷静と情熱の振り子

過去何度か紹介している浜田昭八の名著『監督たちの戦い』(日経ビジネス人文庫)の星野仙一の項にこんな一節がある。

現役時代のピッチングと同様、燃えたぎっているが、どこか冷めたところがある。現役のころは「ぶつけるぞ」といわんばかりに目をつり上げ、緩い変化球を大胆に投げ込んだ。監督になってからも、こわもてのポーズで選手を威圧しているが、信じられないようなフォローもしている。選手夫人の誕生日に、忘れずに花を贈っているのだ。
「以前にコーチの奥さんから誕生日に花を頂いて、うれしかった思い出がある。それで・・・・・・」と、いたずらを見破られたように照れた。”昭和生まれの明治男”と呼ばれた硬派人間が、花を贈り、贈られて顔をほころばせるという意外な一面。「これもボクなら、あれもボク。人間には色々な面がある」とケンカ男と決め付けられることに、やんわりと抗議した。
それでもユニホームを着ると、世間にイメージ通りに劇場がほとばしる。「当然だ。ユニホームは戦闘服だと思っている」。そんな星野と、ユーモラスで礼儀正しい普段の星野との違いに、だれもが驚く。

浜田昭八『監督たちの戦い[決定版]・下』(日経ビジネス人文庫;2001年)pp.59-pp.60

2018年1月5日に70歳で逝去した星野仙一(1947~2018)の輪郭をうまく切り抜いている。

冒頭のインスタ投稿に書いた通り、星野仙一の持ち味はグラウンド外の戦いの強さ。『監督たちの戦い』にはこうある。

監督の座につくだけで舞い上がり、大事なことをやり忘れる者が多い。それはチーム編成でのフロントとの戦い。コーチ陣の人選や補強問題で、どれだけ自分の希望をフロントに飲ませるかだ。経験豊富な監督なら、三顧の礼をもって迎えられるアドバンテージを最大限に生かす。
あこがれの座にやっとたどりついた新人監督は、この大事な戦いをせず、あとで悔やむ。星野はいきなり落合博満のトレード問題などに直面したが、フロントと親会社を押しまくった。そして、1試合も指揮せぬ前の戦いに勝った。

前掲書pp.62

『勝利への道』の結びで「FA制度は悪魔の法則」とまで言いながら、タイガース監督に就くやいなや、当時の久万オーナーを算盤の数字に基づいて突き上げ、FA補強した星野。生半可な政治家が裸足で逃げ出すほどの二枚舌、失礼、周旋能力をみせた。

また「ユーモラスで礼儀正しい」と『監督たちの戦い』にあるように星野は俗に言う「爺転がし」の妙があった。
これは野球以外でも、ひとの上に立つもしくは立とうと目指す者にとって必須の才。
例えば指揮者のリッカルド・ムーティ(1941~)や小澤征爾(1935~)の音楽人生をひも解くと若き日に年長の音楽家との関係をうまく築いて、音楽家としての進化や機会獲得に結び付けた。
星野は年かさの球団経営者、球団OBとの渡り合いで「爺転がし」ぶりを発揮している。
タイガース監督時代は、必ずしも評価していなかった岡田彰布を重用することで吉田義男など大物OBを味方につけ、加えて次期監督候補をコーチに加えたがるフロントへの先制攻撃となった。
前任の野村克也はこうしたグラウンド外の根回しがヘタでOBとの関係が修復不能に陥り、余計なことで神経がすり減る状況を招いた。

人事の「情と理」の使い分けによってやりやすい状況を作り、たとえ反発があっても短期間で成果をあげることで屈服させ、内外で長く影響力を保持する。弱肉強食の世界における権力スタイルの1つの形を見せた人物だった。

②に続く

※文中敬称略

【参考文献】
星野仙一『勝利への道』(文春文庫;2002年)
浜田昭八『監督たちの戦い[決定版]・下』(日経ビジネス人文庫;2001年)

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