レモンとピスタチオ
夢ならばどれほどよかったでしょう。
と思うのは、望まぬ暴食をしてしまった次の日です。
罪悪感はあるは体重は増えるわで、しかも暴食の原因はストレスな訳ですから、泣きっ面に蜂もいいところです。
食べる以外のストレス解消法を知りたいものです。
そう、食とは本来、喜びであるべきです。
人はおいしいものを食べれば、幸せになります。
幸せになれば、だれかを幸せにしたくなります。
幸せな 状態で人の不幸を望むのは、難しいからです。
これはわたしの持論ですが、美味しい食べ物があればこの世から争いは無くなります。
戦争は国が生き残るために起こること、そして生きることとは畢竟、食べることです。
ただ腹が満たされるだけで争いがなくならないのは、世界の歴史が証明しています。
だってほら、世界に名だたる軍事国家は、国としては裕福ですけどメシがまず…… おっと口が滑った。
とにかく、食べ物には美味しさが必要で、美味しいものを食べていれば人は幸せなのです。
幸せになるためにも、美味しいものセンサーは日々磨かなくてはなりません。
気になったお店の美味しさを測る目安はいろいろとありますが、
「ベーシックなメニューが美味しいかどうか」
はどんなお店にも共通するポイントでしょう。
わたしはこれを、「レモンとピスタチオの法則」と呼んでいます。
例えばケーキ屋さんだったら、ロールケーキが美味しいところは他も美味しい、という基準があります。
わたしの個人的な、ですが。
ここはショートケーキよりも断然ロールケーキで判断すべきです。
なぜと言って、ロールケーキは具なしで、スポンジの滑らかさとクリームの美味しさがダイレクトに出るからです。
いちごでごまかすことすらできない、究極の職人技です。
あるいはイタリアンだったら、ボロネーゼやマルゲリータが美味しいところは、ほかも当たりです。
シンプルなだけに、そのお店のこだわりもわかります。
肉感を大事にしているのか、トマト味が強めなのか。
ピザ生地は薄めなのかもちもちなのか。
そうすれば、自ずとほかの料理の傾向も推測できるというものです。
イタリアで思い出すのは、フィレンツェで行ったジェラート屋さん。
そのお店は、広場の脇の路地を少し進んだところにありました。
ポップなネオンサインが出ているこじんまりとした間口で、知らなければ通り過ぎてしまいそうです。
ネオンサインがどうにも安っぽくて、「え、ここ?」と思うレベル。
正直なところ、わたしの美味しいものセンサーは全く反応しませんでした。
このお店はガイドブックにも載っていません。
昼間に買い物をしたお店で、お店のおじさんにオススメの場所を教えてもらったのです。
おじさんいわく、
「ここのジェラートはね、きちんと素材から作ってるんだ。
その辺の店とは訳が違う。
オレンジ味ならちゃんとオレンジから作っているし、ナッツも素材そのままの味なんだよ。
ジェラートを食べるなら絶対ここじゃなきゃだめだね!」
うんぬんかんぬん。
そして地図にグリグリと丸をつけてくれました。
ほうほう、それだけオススメなら行ってみようじゃないか。
そして、おじさんの激推しがなければ入らないようなお店の前に、到着したのです。
いや、正直なところ、さっき通りすぎた小洒落たアンティークっぽい店構えのきれいなジェラート屋さんのほうが美味しそうです。
いやでも、おじさん一推しだしなあ。
わずかな時間逡巡していると、さっとお客さんが入っていきました。
それに勇気づけられて、えいや!とお店に入りました。
素朴なショーケースに入っているのは、10種類以上の色とりどりのジェラート。
先程入って行った白髪のマダムは、さっそく注文してオレンジのジェラートを受け取っています。
ところで季節は12月。
冬本番はまだ先とは言え、分厚いウールのコートがなければ出歩けない、真冬のフィレンツェ。
寒い店内でジェラートを食べる老婦人。
イタリア人強いなあ。
やっぱり美味しいものは、人を強くしますね。
さて、美味しそうなジェラート屋さんに来たら、わたしが頼むものは決まっています。
レモンとピスタチオ
この2つが、ジェラート屋さんの真価を見極める味だと、勝手に決めています。
レモンの薄い黄色や、酸っぱさと甘味のバランスは、味付けの良し悪しの判断材料になります。
ピスタチオのあざやかな緑、ほろ苦いような香ばしさも、素材の味をどれだけ大切にしているかのバロメーターです。
このふたつが美味しくて、ほかの味が美味しくなかったジェラート屋さんには、いまだ出会ったことがありません。
さて、ジェラート屋さんあるあるですが、注文前に気になる味を試させてもらいました。
ティラミスもミルクもいちごもおいしいのです。
でもやっぱり、ピスタチオとレモン。
黄色と緑のコントラストもすてきです。
そしてお味はというと、これまでで1番の味でした。
本当に、美味しかったんです。
レモンてこんなに爽やかだったっけ、ピスタチオってこんなに香ばしかったっけ。
もう他では食べられないかもしれない。
そんなことが脳内を駆け巡るほど、美味しいジェラートでした。
さすがおじさんの一推しなだけありました。
ありがとうおじさん。
おじさんのもう一つのおすすめのバルも、お肉とオリーブオイルが美味しかったです。
そしてありがとうジェラート職人。
真冬でも食べたくなってしまう冷たい幸せに、出逢えました。
あの日の美味しさをもう一度味わいたい。
そう思える食べ物に出会えるのは、なんて幸せなことでしょうか。
そういう食べ物でなら、満腹になっても多少体重が増えても、まったく不幸にはなりません。
食とは、幸せのためにあるものです。
毎食パーフェクトな幸せを味わうのは難しいにしても、できるだけ多くの幸せを、日々摂取したいものです。
あなたにとってのレモンとピスタチオはなんでしょうか。
その基準をクリアしているお店があれば、ジャンルを問わずぜひ教えてください。
放っておいても好きなものを紹介しますが、サポートしていただけるともっと喜んで好きなものを推させていただきます。 ぜひわたしのことも推してください!