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最後に話をきちんと聞いてもらえたのはいつですか - 『LISTEN』にまつわるエトセトラ

「しょこらさんの昔いらっしゃった会社に転職することになりました。ぜひ、お話を聞かせて下さい」

結構ヤンチャな人が集まりがちな会社の中で、一見おっとりに見える私は、どうも色々と相談される。どの会社に行ってもそうである。

今回、そんな話からランチに行くことになったのは、他部署ながらも顔見知りのナイコさん(女性、32歳)だった。コンサルティングファームの内定が出たそうだ。

「心は決まっているのですけれども、直接お話を伺いたくて」

夏真っ盛りを感じさせる青々とした並木通りを通ってレストランに向かう最中、彼女は色々な話をしてくれた。

今の職場の限界。より俯瞰してビジネスを見たいこと。その後の野心。どれもが、確かにと思わせた。そこまで考えているなら、入った後の動き方を中心に話そうかな、なんて考えながら歩いた。

彼女が選んでくれたお店は人気のありそうなフレンチ店だった。賑わう店内にも関わらず優雅に注文を採って回るギャルソンにお肉料理をオーダーして、さあ話そうと口を開きかけた時に、ナイコさんが先に動いた。

話をきちんと聞くことは簡単ではない

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「しょこらさん、うちの会社ってどう思います?」

そこから、ナイコさんの話は止まらなかった。テレワークで苦労したこと。人間関係。グローバルとのコミュニケーション。ダムが決壊したように、様々な想いが堰を切ったように溢れ出た。

サラダに入っていた苦手なブロッコリーを食べるかどうか躊躇しつつ、それでも最後に意を決して水で流し込んだ辺りで気が付いた。

ナイコさんは、本音を気軽に話せる人が欲しかったのだ。

後日読んだ『LISTEN』という本に似たシーンを見つけて驚いた。『ニューヨーク・タイムズ』にも寄稿する程のジャーナリストである彼女の本は、あらゆる具体例に富んでいる。

その第2章のタイトルは「私たちは、きちんと話を聞いてもらえた経験が少ない」だ。

ご自身の「最後に話を聞いてもらえたな」と思った瞬間を思い返してみて欲しい。もしくは「話を聞いたな」と思う瞬間でも構わない。かなり前に遡ってしまうのではないだろうか。それぐらい「きちんと話を聞くこと」は難しい。

その2章の印象に『「赤ちゃんの泣き声がうるさいの」という母親には、何と聞くのが正解?』がある。本を通じて、印象に残っているエピソードだ。

母親は、自分の赤ちゃんの泣き声に耐えられないと言っていました。やさしい人であれば、「人間は赤ちゃんの世話をせざるを得ないように、泣き声を不快に感じるようにできているのだ」と母親に説明したかもしれません。もしくは、「そうね、赤ちゃんの泣き声は私も気に障る」と言って共感した可能性もあります。(中略)
実際のところ(※共感度を示す脳波で)最高点を獲得したのは、母親に何も言わなかったファシリテーターの女性でした。彼女は少し待ってから、こう聞きました。「この泣き声の何が気に障るの?」

LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれる

最近の世の中は「傾聴」というキャッチフレーズに溢れている。簡単な方法として「相手のフレーズを繰り返す」ことを、セミナーで「傾聴のテクニック」として教わったこともある。

ただ、「きちんと聞くこと」はそんなに簡単なものでは無い。少なくとも、テクニックで出来る類いの話ではない。

「きちんと聞くこと」は相手への深い興味関心から、相手の気持ちに寄り添うことなのだと思う。それは必ずしも、言葉を必要とするとは限らない。傍らに、ただ居ること。それだけで十分傾聴になることだってある。

相手の話に全神経を集中させる

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「…と、私にも色々とあったんですよ」

彼女の話が一区切りついた。正直、最後の方はどう返そうかと若干そわそわしながら聞いていた。彼女は、どんな言葉が欲しいのか。

ただ、これも後日知ったことだが『LISTEN』曰く、相手の話が頭に入らなくなる最悪の瞬間は、自分が何を言おうか考えている瞬間なのだそうだ。

確かに自己紹介を順番にするセッションなどでは、自分の一人前の人の話は全く頭に残っていない。自分の話し方を考えると頭に残らない。

メインのお肉が運ばれてくる。かわいらしい小さいお肉の上に、色とりどりの野菜が盛り付けられていた。肉料理というより、肉付きサラダという方が適切かもしれない。

その後もナイコさんの話は続いた。私はそうだねと、時折質問を挟みつつ、話を聞くことに徹することにした。相手が聞いて欲しいと思っている時に、口を挟むのは宜しくない。

ただ、メインのお肉を食べながら、ちょっとナイコさんはコンサルティングファームには向いていないかなと感じ始めていた。

昔ファームで働いていた時に、「資料は議論の呼び水」と言われていたことを思い出す。

自信が無いコンサルタントほど、資料を通して読むことに必死になってしまう。一方で、自信があるコンサルタントは資料にはこだわらない

会議で達成したいことがあって、それを達成できればプロセスは問わないとの考え方である。資料を使っても良いし、議論が盛り上がったなら、資料を使わずに進めれば良い。

ただ、自信が無いとつい資料に頼ってしまう。相手に「話を聞かせる」ことに注力してしまうのだ。それは、相手ではなく自分が中心な話し方である。

そうして「聞かせた」話は、結局実行されないで終わる。相手が納得していないからだ。会話はキャッチボールであり、投げっぱなしでは何も生まれない。

これも『LISTEN』で上手に表現されていた。第6章で「自分の考えを忘れて相手の話を聴いた方が結局面白い会話になる」という話がある。

しかし誰かと初めて話すとき、相手の最初の言葉や非言語で発せられるものにきちんと耳を傾けられるよう知的資源を集中させれば、会話は非常におもしろく感じられるようになります。さらに、その人が何に不安を抱くのか、何に価値を感じるのかを知る手がかりもすぐに得られます。相手の名前を記憶にとどめる可能性も高くなるでしょう。

LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれる

自分ではなく、相手に全神経を集中させること。まさに、ファームで言い聞かせられたことであり、聞くことの大切さと難しさそのものでもある。

自分に本当に必要なこと

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「しょこらさんと話せて良かったです」

お皿に散らされた赤や黄のソースが美しかったデザートを平らげ、食後の紅茶で余韻を楽しむ彼女は満足そうだった。言葉を発する量は9対1ではあったけれども、それが彼女がやりたかったことのようにも見えた。

しかし、心には不安が残った。前述のように聞けないコンサルタントは苦労する。そこで、ちょっとお節介だと思いつつ、仕事では聞くことの方が大切だからね、と言ってみた。

「大丈夫です!聞くことの大切さは、良く分かっています」

と元気良く返されて、その日はお開きとなった。

ただ、並木通りの街頭のイルミネーションが輝く季節になって、彼女から3ヵ月で辞めることにした旨の連絡を受けた。文化が馴染まず、とても働き続けられなかったのだそうだ。

その連絡を受けて、改めて会話の難しさを感じた。

彼女は話す志向が強すぎたし、私は聞く志向が強すぎた。ナイコさんがキカ・ナイコだとしたら、私はイワ・ナイコだった。結果、その場はなんとなく収まったのかもしれないけれども、結果を見るともっときちんと話すべきだった。

『LISTEN』という本。私は聞くことに興味があったから、タイトルを見て読んだ本だ。けれども、本当はこの本は、聞く志向の強い私よりも、話す志向の強いナイコさんが読むべき本だったのかもしれない。

人は自分の興味関心があることは貪欲に知識を求める。一方で、関心が無い分野には注意を払えない

『LISTEN』は素晴らしい本だ。だからこそタイトルを見ても「あまり興味が無い」と思う人にこそ読んで欲しい。

自分に本当に必要なことは、いつも近くにあるのに、だいたいそれに気がつけないものなのだから。



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