海+瑞(+香夏+門)

(色気より食い気おんじさんと、ちょっと不憫な仲間たちです)

 あ、蝉の声。課題を進める手を止め、耳を澄ませる。集中して数学を解いていたから気がつかなかったが、改めて聴くと外では蝉の合唱が始まっていたようだった。日中の昼間にあの声を聞くと、より暑さを感じるのに、夜に聞く蝉の声はどこか風流で、自然と心が凪いでいった。
 ふとスマートフォンに目をやる。数時間前に彼女から連絡があったことを思い出し、瑞垣へ電話をかける。蝉のおかげか、思考は妙にクリアだった。

「切ってええか」
 随分な第一声に、ほんの少し面食らう。愛想の良い香夏と瑞垣では大違いだ。よく考えたら、始めから瑞垣は自分に対して雑な対応だったような気がする、と頭の隅で考える。
 それでも、文句を言いながら電話に出る彼は、やっぱり香夏と似ているところがあるのかもしれない。いや、香夏が兄に似ているのか。
「出だしがそれかよ。今話して大丈夫か?」
「全然無理、チョー忙しい、おまえのせいでゲーム中断するはめになったわ。さっさと要件を話してお切りください」
「あのな、今日、香夏ちゃんから連絡があって」
「はあ?それを先に言え!」
 結構早く本題に入ったのに、という文句を飲み込む。これ以上イライラさせるのは、彼の健康に響きそうだから。本当は何のゲームをしていたのか、ちょっと気になったけど、また今度聞くことにするとして、再度口を開いた。
「花火大会に行きたいって言っとったから、一緒に行こうって話になったんじゃけど」
「一緒にやと?ダメに決まっとるやろうが、お兄様が許しません」
「うん、そう言うと思って、瑞垣と門脇も誘って四人で行けれんかなって」
「今なんつった?」
「香夏ちゃんと、俺と、瑞垣と、門脇の四人で、花火大会に行かないか」
「行かん。行くわけない。頭の中お花畑すぎんか、海音寺。何が楽しくてそんな奇妙なメンバーで花火なんか見んとあかんのや。どうせなら可愛い女の子と見たいですぅ。むさい大男と、妹を狙う不埒な輩となんて御免や。しかもその妹連れって、子守りかよ」
 もちろん断られることは想定していたが、予想以上に食い気味に断られた上に饒舌な語りで、思わず笑ってしまった。電話越しに、「何笑っとんねん」と、やっぱりイライラしている瑞垣のツッコミが聞こえる。
 こういうところも面白いんだよな、瑞垣って、と思いながら、一応「すまん」と謝った。

「でも、俺と香夏ちゃんの二人で行くわけにいかんじゃろう?おまえだって心配じゃろうし、俺も瑞垣の妹と二人きりで…っていうのは、ちょっとハードル高いし。それに、ほら、門脇と香夏ちゃんて、仲ええから」
 そう言うと、不自然な沈黙が続いたあと、「だから?」と続きを促される。
「門脇にな、俺が香夏ちゃんと連絡とっとるって言ったら、やけに話した内容聞かれたんじゃ。それに、カナッペと秀吾ちゃんって呼び合っとる仲だとも聞いたけん、もしかしてって思うて。香夏ちゃんもよく門脇のこと話してくれるから、全く無いこともないんかと」
「あー……いや……」
 瑞垣にしては珍しく、何かを言おうとして躊躇っている様子だった。この反応はやはり、門脇は香夏のことが気になっているのだろう。幼なじみの恋心を勝手に告げてはならないという、瑞垣なりの配慮があって言い淀んでいるのかもしれない。
 意外と妹思いで、幼なじみ思いの優しいやつだもんな、と一人納得する。

「海音寺、おまえ、ガチでモテんやろ」
「えっ、何だよ急に。そりゃあ女の子は苦手じゃし、モテとるとは言わんけど」
「まあ、おまえがモテようとモテまいと、どうでもええわ。秀吾と香夏の組み合わせなんて、俺からしたらこの世の地獄や」
 ため息をつきながらそう断言される。…妹思いというか、シスコンか。たしかに瑞垣からすると、門脇と義理の兄弟になるなんて地獄かもしれない。
「大変じゃな、ちい兄ちゃんも」
 以前香夏から聞いた、彼女だけの兄への呼び名で話しかけてみる。きっと俺が呼んだら怒るに違いないけど、ちょっとからかいたくなってしまったのだから仕方ない。
 その可愛らしい呼び方を聞いた時は、思わず笑ってしまったぐらいだ。そして本当に仲の良い兄妹なんだな、と改めて感じた。香夏と連絡をとっていると知られた時は、なかなかの剣幕で詰られたぐらいだ。香夏と付き合う男は大変だろう、とつくづく思う。
 海音寺が香夏の将来に思いを馳せていると、電話越しの瑞垣から冷たい声が聞こえた。
「一希くん。次会う時にちゃんと殴るから、氷とタオル持ってくるんやで」
「ええ、やだよ、暴力反対」
「うるせえ。とりあえずさっきの話は秀吾にも香夏にもするなよ。花火大会の話は、俺からしておく」
「さすがに言わんから大丈夫。じゃあ、門脇の方は任せる」
「はいはい、あと花火大会の日は全部一希ちゃんの奢りね?うふっ、楽しみやわあ」
「は?奢るなんて言ってな……途中で切るなよ!」
 通話の終了した音を聞き、伝わらないと理解しながら大きめの声でツッコんだ。念のため、『奢らないからな』とメッセージを送信しておく。
 なぜこの兄に、香夏のような出来た妹がいるのだろう。いや、瑞垣俊二の妹だからか…。そういえば、瑞垣と香夏のやり取りを目の当たりにしたことはない。香夏には瑞垣家でニアミスしたことがあるが、さっさと瑞垣の自室に押し込まれてしまったので、ゆっくり話すことは叶わなかった。それにもちろん、門脇と香夏の会話を見るのも、次の花火大会が初めてになる。
 改めてこんな四人で行く花火大会を想像すると、ワクワクとした気持ちが湧き上がった。瑞垣曰く奇妙なメンバーで、それを否定する気は全くないが、久しぶりに横手の幼なじみ二人と香夏に会えると思うと、自然と顔が綻ぶ。

 もう一度蝉の鳴き声に耳を済ませながら、屋台で何を食べようか、なんて一人考えた。

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