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短編小説集

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記事一覧

ココア

ココア

「デートしませんか?」
いきなりかけられた声が自分に向けられたものだと気づくのに5秒はかかっただろうか。私が何か答える前に、河嶋くんは自分の仕事に戻ってしまった。驚いて固まっていると、目の前のレジにお客さんが来たので、反射的に「いらっしゃいませ」と言い、レジを打ち始める。本当にあれは私に向けた言葉だったのだろうか。聞き間違えではないのか。きっとそうだと思い、私は仕事を続けた。

「城田さん、どこ行

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絆創膏

「いらっしゃいませー!」
騒がしいとも言えるボリュームの声が店内に響く。
午後9時。
バイトしている居酒屋の店内にはそこそこお客さんがいる。
12月24日の午後9時。
今日飲みに来るならもっとオシャレなところで飲めばいいのに!
うんざりしながらジョッキを洗う。
クリスマスイブにバイトを入れたらイライラすることは目に見えていたのに、暇だし、ネタにしようと思ってシフトを入れてしまった。
楽しそうなお客

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緑色のカクテル

緑色のカクテル

高層ビルに入ってるとあるバーにちょっと背伸びして入った。
夜景が綺麗に見える席を選んで彼女を軽くエスコートする。
「こんなところ初めて入った。」
そう言って微笑む彼女に、「俺も。」と答える。
「何飲むの?」の尋ねられ、色に惹かれた緑色のカクテルを選ぶ。
彼女も注文を終え、夜景を見る。
綺麗だね。
彼女が髪をかきあげた時、口に出そうになって飲み込む。
さすがに寒すぎるとわかっている。
注文したカクテ

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チョコレートコスモス

 A棟2階にある2年3組の教室からは中庭がよく見える。放課後になると中庭でテニス部の活動が始まるので、茉穂はよくテニス部を眺めていた。茉穂が所属している吹奏楽部では週に2回程個人練習の日があり、その日は校内の好きな所で練習していいのでこの教室を選んでいる。教室は連なっているから隣の2年2組の教室でも構わないのだが、テニス部を眺める目的を考えると3組の方が都合が良いのだ。中庭を走りまわっているテニス

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何かが起こるわけではないけれど。

 平田さんのロッカーはいつも汚い。教科書や資料集、授業中に配られるプリントの量は同じはずなのにいつも溢れている。ロッカーは教室の後ろにあり、正方形で三段重なっている。一番上のロッカーの上は物を置けるが、見栄えが悪いので置いてはいけないことになっている。そこに平田さんはよく教科書を置いて怒られている。

 放課後の今はロッカーの上は綺麗だ。6時間目、社会科の市川先生は教室の環境に厳しく、ロッカーを見

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ゆめのはなし

ここ1週間ぐらい同じ夢を見ている。舞台は川が流れている大きな公園だ。川の上流へ行こうと、川の側にある階段を上ろうとするとアイツはいる。マトリョーシカのような形で大きさは150センチぐらいの白い花で、葉が手のように動いている。花のめしべの先の柱頭には微妙に可愛らしい顔も付いている。初めてこの夢を見た時は気持ち悪いと思いつつ、スルーして階段を登った。するとその花は私を追いかけてくるのだ。スピードはそん

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