河野裕子『ひるがほ』2

産むことも生まれしこともかなしみの一つ涯とし夜の灯り消す 自分がこれから子供を産むことも、自分が母から生まれたことも、かなしみ(おそらく悲しみ)の最終地点なのだ、という意識。人が生きることにさしたる意味は無い。その命を繋いでいくという悲しみのようなもの。

吾(あ)を産みし母より汝れの父よりもいのち間近にわが肉を蹴る 胎動を感じた河野が感じるのは寂しさ。母より夫よりもこの子の命は近い、としか言っていないが、それは誰からも遠く隔たって、胎児とだけいるような感慨に他ならない。「わが肉」が具体的で生々しい。

臆すなく明るき個所に実をはらみ花らの生理の放つ香甘し 人間の生殖がどこか暗く、秘められているのに対して、植物は最も明るく目立つ場所に生殖器官である花を掲げ、甘い香りで虫たちを誘うのだ。その堂々たる姿と人間の性を比べる。歌が書かれたのは70年代半ばだから、先進的な意識だったのではないか。

2020.10.5.~7.Twitter より編集再掲