河野裕子『ひるがほ』7

羊歯の葉のくらき戦ぎを踏みて来て皮をはぐがに沓下脱ぎつ 不穏な雰囲気に満ちた歌。羊歯は古生代を想起させる。何かに駆り立てられるかに戦いでいる羊歯を踏んで家に帰って来た。自分の皮、自らの一部を剥ぐように靴下を脱いだ。その後が無く、ぶつりと切れたように終わる。

森の持つ重たき時間に睡らむと銀の時計をはづして寝ねぬ 森の持つ重い自然の時間の前では、銀の時計で計る人工的な時間は何ほどの意味もなさない。「睡」は深い、引き込まれるような眠りであり、「寝」は今から寝るという人間の小さい意思だろう。森に沈み込むような眠り。

立ちしまま死に至る他なくば夜もなほ恍惚として金の向日葵 立ったまま死んでいくしかない、豪華な花の宿命を詠う。太陽に顔を向ける昼間だけではなく、夜もなお一層自らの命に恍惚として金色の向日葵は在る。二~四句の句割れ(夜は「よ」)句跨りと、四句九音が迫力。

『ひるがほ』の中でもとりわけ好きな歌の一つ。一首屹立、触れば切れるほどの言葉の鮮烈さ。河野裕子の歌の中でも、こういった歌の良さを語りたい。初句二句の認識の鋭さ。何回でも読みたくなるリズム。読んでいて「恍惚」とする。

2020.10.23.~25.Twitter より編集再掲