河野裕子『ひるがほ』3

高空を移りつつゐる鳥のこゑ病めば人ごゑよりも近く聞こゆる 声は河野短歌のキーワードの一つだが、意外に鳥の声の歌は少ないように思う。おそらく昼間、病気で寝込んでいると鳥の声が聞こえるのだろう。空を飛ぶ鳥の声が人間の声よりも近い。うつらうつらしつつ寂しさを受け入れる。

古井戸に白き蓮咲き人招(よ)ぶと聞かされ眠りき昼闇ふかく 子供の頃の記憶だろう。古井戸に蓮が咲いて、人の魂を呼び寄せる。呼ばれた人は井戸に引き込まれてしまう。一種の怪談だろうが妖しく美しい。それを夢うつつに思いながら眠る少女。「昼闇」も引き込まれそうな語。

生まれ来しわれの暗さに遡行してほたるは水に触れつつ飛べり 蛍が川の流れを遡るように飛んで行く。水に触れつつ、低く、遅く、揺れながら、光りながら。ただそれだけの風景だが、作者は蛍が時間を遡り、自分の命を遡って飛んでいると感じる。生まれて来たことの暗さに沿って。

2020.10.7.Twitter より編集再掲