河野裕子『ひるがほ』23

草矢射てひばり殺しき菜畑に血のひとしづく沈むにあらずや 連作の中盤で突然方向性を変える歌が出て来る。「ひばり」も河野短歌の特に初期によく出て来る語。誰が草の矢を射てひばりを殺したのか。鬼と少女が求め合う菜畑に、なぜひばりの血が沈んでいくのか。不穏な印象。

摘み捨てし花首幾十地ににじみつかまへて欲しき鬼かもしれず 花を摘んで捨てる、子供の遊び。しかし「首」と言われると何かを殺したかのような不穏な印象が漂う。鬼は少女を探しながら花を摘み捨てたのだろう。本当は自分が見つけられ、つかまえられたかったのかも知れない。

鬼も子も首あげて菜の花の月を見ぬ菜の花畑のあちらとこちら 月が出た。菜の花畑のあちらとこちらで鬼と少女が顔を出して月を見ている。さして広くないはずの菜畑。二人とも顔を出しているのにお互いを見つけられない。そこにいるはずの相手とのすれ違い。時間だけが流れる。

菜の花の畑を出でしほのかなる夕べの月はなのはなのにほひ 風景を穏やかに描いたように見えるが、不思議な歌。菜の花畑から上がった月は菜の花の匂いがするという。黄色い月が黄色い菜の花畑から出た。それを匂いに変換する。結句の平がな遣いが音として耳に響く。連作最終歌。

2021.2.11.Twitterより編集再掲