河野裕子『ひるがほ』10

昏き月のぼりてゐたり頸まげて睡れる鳥の沈黙のうへ 「昏」「頸」「睡」などは河野に特徴的な漢字遣いだ。この歌では「頸」が効いていると思う。鳥の首は短いことが多いが、それを身体に埋め込むようにして眠っているさまを思い浮かべている。静かで、白黒の絵のような世界だ。

自らの小さき影をすでに負ひ子は佇ちてあり父の傍らに もちろん生まれた時から影はあるのだが、「負ひ」という表現でマイナスイメージが加わる。幼いのに既に人生の影を持っている、と。「佇」も河野がよく使う漢字。立ち止まりたたずむ、時間の変化を感じさせる字。

夜の風なびき吹きゐる橋の上わが残し来し影も吹かれゐむ 作者にも影がある。暗い部分なのだろう。しかしそれを橋の上に残して来た、というのだ。屋外の強い風の音を聞いて、自分の影が橋の上に立って風に吹かれるさまを思い描く。風に空想が誘われるのだ。

2020.11.30.Twitterより編集再掲