河野裕子『ひるがほ』11

こころ弱くなりゐる夕べいきいきと脈打ち返す子の身を抱く 大人である作者が心弱りを感じる夕刻。幼い子供は元気だ。子供を抱くと、自分の脈が子供の身体に伝わり、返ってくるような感覚を持つ。子供は子供で脈打っているのだが、それに自分の脈が重なって感じられるのだ。

寂しさを知り分けし子が母を呼ぶ草笛よりも繊きそのこゑ 人はいつ頃から寂しさを知るのだろう。この歌では知り初めるではなく、知り分ける。何となく寂しいのではなく、はっきり認識しているのだ。そして細い声で母を呼ぶ。草笛より細く、頼りなく。比喩が美しい、声の歌。

その背(そびら)雪くらぐらと降りゐるを夜の沈黙として椎は立ちゐき 記憶の風景だろうか。椎の木の背景に夜の雪が降っている。くらぐらと、かなり激しく降っていたのだろう。「夜の沈黙として」で椎の重厚な存在感が際立つ。椎の持つ孤独は作者のものでもある。

2020.12.1.Twitterより編集再掲