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『塔』2024年7月号(2)

笑みよりも涙の方が守備範囲広いってことこの歳で気づく 落合優子 うれしい時も悲しい時も、取り合えず他人が納得してくれるのは涙。主体は涙の守備範囲の広さに気付かず、ずっと使いこなせていなかった。いつもそっと微笑み、気持ちが伝わらなかったのかもしれない。

正しいと思ってるなら君がいま投げた石のことおぼえていてね 上澄眠 つらい歌。自分は正しいと思っている人は往々にして人を傷つける。石を投げたことは覚えていても、そんなつもりじゃなかったとか、あなたのためとか言い返されて、また傷つくのかもしれない。

⑨「塔創刊七十周年記念評論賞」
 吉川宏志・栗木京子・濱松哲朗各氏と共に選考委員を務めました。よい評論が多く、選ぶのは悩ましかったです。

夢だろう 私は花でおびただしい数の小鳥が啄んでゆく 中森舞 初句の後の一字空けが効果的で、夢を見ながら、これは夢だな、と思う感じが良く出ている。自分が花で鳥たちに啄まれているのに、痛みも無く、逆に小鳥たちと共に浮遊するような、陶酔感が感じられる。

受け入れるほかないものを浮かべてはひとりの春の夜の花手水 中込有美 手水鉢に花を浮かべいる神社は最近多い。しかし花ではなく、受け入れるほかないもの、であれば浮かべておくのは辛い。主体は春の夜に一人で、浮かべているものについて考えているのだろう。

紙の舟に紙のどうぶつ乗せる子はこの世に小さなこの世を創る 丸山恵子 一読、ノアの方舟が思い浮かんだ。子はそんなつもりは無いかも知れないが、作者の表現としての結句「この世を創る」、特に「創」の字が、新しい世の中を神と共に創ろうとしたノアを思わせる。

中腰のわが背をトンと踏み台に猫は弾みて棚より降りぬ 平田瑞子 一コマ漫画のような一首。もちろん主体のことを飼い主だと認識している。それはそうだが、今棚から降りられない時に、絶妙な踏み台として背中がある。中腰という不安定な姿勢で、主体は結構驚いたのかも。

2024.7.23.~24. Twitterより編集再掲

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