河野裕子『ひるがほ』9

人の背に負はれゆく時振向きて見分けてしかとわれを見たりし 子供を預けるのだろうか。人に背負われた子が振りむいて作者を見つめた。僕から離れるんだね、と。もちろん作者の意識の反映なのだが。負ぶわれて遠ざかりながら、顔だけこちらを向けている幼い顔が目に浮かぶ。

紙の色黄ばみし壁のキリストにつぶやくごとく夕日来てゐる キリストを描いた絵が壁に貼られている。おそらく雑誌の切り抜きか何かで、そんなに上質の紙を使った絵ではない。いつも夕日が当たるのだろう、紙が黄ばんでいる。どこかうら寂しい景色。つぶやくごとく、がいい。

みづからを灯して息づく沢ぼたる水に映りて水を冥くせり ほたるも河野の歌に頻出する。自らを「灯す」という動詞の選びがいい。燃やすや焦がすほど激しくなく、明るさも感じられる。下句を読むと、人間の比喩でなく、虫そのものを詠っていると思えて、そこがさらにいい。

2020.10.27.~28.Twitter より編集再掲