河野裕子『ひるがほ』8

一塊の塩を抱けるしづかさに暗がりの中母の甕はあり 同歌集に「新月の冥きひかりに藍濃ゆき甕より甕へ塩を移しぬ」という歌もある。この甕は何を淹れる甕なのだろう。藍染めの藍が入っているのか。塩なのか。第一歌集には「甕の水~」という歌も。暗く不安なイメージは共通。

寒烏賊の腹をさぐりてぬめぬめと光れる闇をつかみ出だしぬ いわゆる厨歌だが、不気味で残酷な印象を受ける。生き物の臓物を手探りで摑み出す時のある種の快感。「ぬめぬめと」は臓物の触感でもあり「光れる」の修飾でもある。「光れる闇」という矛盾した把握が一首の核。

これも大好きな歌。この表記は「烏賊」じゃないとだめなんだなー。「イカ」「いか」じゃだめ。しかも「寒」がつかないとこの雰囲気は出せない。イカのワタを抜くことでこれだけの歌が作れちゃう。手で作った歌でもある。

笑ひゐし子は眠りしか柔らかく背になじみ来て重くなりたり おんぶされて機嫌良く笑い声をあげていた子がいつのまにか静かになり、重くなった。自力で頭を持ち上げていたのが、背負われた背中になじむように脱力している。その感触から子が眠ってしまったことに気づくのだ。

2020.10.26.~27.Twitter より編集再掲