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『塔』2023年7月号(2)

かいがらは貝より生まれ添いながらいつか墓標となる楯のこと 浅井文人 貝殻と貝を容器と中身のように捉えていたが、認識が改まった。貝殻が生まれてから死ぬまで、だが、特に「添いながら」というところがいいと思った。何かに添い遂げる一生、といったことも思う。

わたくしを赦さぬひとりゐることの春告ぐる雨のはげしきゆふべ 三上糸志 激しく降る雨に似た感情に思いを致している。主体自身を赦さないと思っている、誰かの感情だ。主体にはどうにもできないし、しようともしていない。その気持ちを感じながら生きるしかないのだ。

二億回再生されたラブソングなんかに涙が出てしまうおれ 西村鴻一 多数の人が支持する俗っぽい感情。そう思いつつ涙が出てしまう「おれ」。その「おれ」を冷静に見ている別の「おれ」が歌を作っている。自分の感情なんてこんなもんなんだ、と。

眠剤を舌でころがす すこしだけ甘い味付けされた眠剤 宮本背水 睡眠薬よりはやさしいけれど、眠剤という薬も少し不気味。眠ることに死のイメージがあるからか。その眠剤が少しだけ甘いというのがとても具体的だ。今夜も舌で転がしながら、眠るということを考えている。

パパはねぇ怒るの長くてそうちゃんは何だっけって忘れちゃうんだ 山口淳子 パパは主体の息子、そうちゃんは孫。一首はそうちゃんの台詞でできている。息子よ、一生懸命のようだが、効いてないみたいだよ。お説教は短くね。そうちゃんは何を怒られてるか忘れちゃうのだ。

死ぬことは怖くはないの 菜の花が胸の高さに込み上げてくる 丸山恵子 上句の言い切りの後、嗚咽を示唆する下句。実景としては胸の高さまで菜の花が伸び、咲いている。胸の中には込み上げてくるものがある。それを「菜の花が」「込み上げる」と表現したところが魅力。

肩書きが無くても私この人を敬うかなぁ冷えたおにぎり 大和田ももこ こう言っているということは多分敬わない、ということだろう。肩書きがその人の一部のようになっているので想像しにくいのだろうが、答えは自分にも分かっている。冷えたおにぎりが気持ちを象徴する。

2023.7.31.~8.1. Twitterより編集再掲


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