河野裕子『ひるがほ』19

踏み踏まれ影滅裂に争ひて走者の一団眼前を過ぐ 河野には珍しいスポーツを詠んだ歌。おそらくマラソンか駅伝のランナーの一群に遭遇したのだろう。その時、走っている人たちではなく、その人たちの踏まれる影に着目したところがやはり他と違う。影が争っているのだ。

抽きん出て駈くる走者(ランナー)そそり立つ未知の時間にのめり込みつつ   走者たちのトップに立ったランナー。一群を一人抜け出した。それをスケッチした上句。下句の把握もすごい。走者は未知の時間にのめり込む。しかもその未知の時間は、走者の前にそそり立っているのだ。

分銅のしづかなる揺れ 人の生に往還といふ時間は無くて 天秤に分銅を載せて何かを測っているのだろう。(私が幼い頃は薬局で薬を量るのに天秤が使われていた。)小さい分銅に替えたり、ピンセットが忙しく行き来する。天秤の皿が揺れる。しかし、人生に行ったり来たりは無い。行ったら行ったまま。時間が還って来ることはない。

2021.1.14.Twitterより編集再掲