『透明な心中の誘い』2019.12.29



眠っていたのに、ねむれない、と思って起きた。

多分夢を見ていた。
何を見ていたのか曖昧。けれど、昔からの癖で、温かいお風呂に入ってから眠ると、不思議な夢を見るのを知っている。

起きたとき、身体の重さが違う。フラッシュバックのような、この世のものじゃないような、何かを見る。

温かい湖で溺れて死ぬ夢、かもしれない。

曖昧な吐き気が胃のあたりにまとわりついて残っている。

そうだ。私はいつも、溺れて死ぬ夢を見る。

陽で温められた水に包まれて、沈む。
きっとそんなに苦しい死に方でもなかった、と鈍く残る身体の感覚を味わう。

何となく、自死と思えないのは、悲壮や憂鬱が残っていないから。
仕方ない、と思った。自分が死ぬ瞬間に。

殺されたとしたら、その時、どんな風景を見ただろう。

きっと子どものように考えていなかった、悪い誰かのことを。

その子どもは、世界の全てを信じて愛していて、いつも幸福で、笑顔のドレスを着せられて生きていた。
心から周囲の人間を慕っていて、誰にでもついていった。

信じていた誰かに、湖の美しい水面に沈められて死んだ。
なにも知らずに、他人を苦しめていた恵まれた環境の中心で、水を待つ蕾のように期待され、揺れ、陽の光を浴びながら待つ。

透明な死を迎えられる瞬間の恍惚を、想像する。

幸せだった。

何もかも信じてしまうくらい、愛してしまうくらい、蕩けた、惚けた、混ざり合う、静かな呼吸の忘れ方だった。
酸素が肺に入ってこないのは、水面を見つめていたから。温かくて幸せなのは、この湖が優しいから。足がつかないのは、叶った夢の中にいるから。

ずっと求めていた、必要とされる日。

あの日、あの人がいた。

水際でしゃがみ、美しい水面に意識が溶けて、何も考えられなくなった子どもの背中を、そっと押してくれた。

止まった風景が動きだす。

落ちる感覚。浮かび上がるように沈んでゆく切なさ。息ができないよりも、だんだんと暗くなっていくのが寂しい。
手を伸ばす気にはならない。
水面に光が淡く揺れている。残響する鼓動の音。
欲しいのは酸素ではなく夢想だった。痛みの中で、誰かを恨んでみたかった。
求めていた。水際に花が咲いていた。
あの日と、あの人と喪失と。

眠るたび、思い出している。詳しくは覚えていない。この記憶が何なのかわからない。
深夜に起きる身体に、喉の痛みと胃のまとわりつき、微かな吐き気、甘い熱と。

何処かにきっと、何も知らない子どもに、寂しさを教えた人がいた。

騙されて、殺されて、奪われるのは、必要とされているからだと、なにも知らないまま、汚れないまま、出逢った出来事の記憶。

優しい記憶。

もしやり直せるなら、と起きたときに考える。

あの人も連れて行けないだろうか。
透明な死へ。





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