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[小説] カンブリア・ヒルズ|004|デウス・エクス・マキナ (2)

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 ロルフが吠えている。

 見知らぬ女の子がハヤトの後ろに回り、みぞおちあたりに圧をかけてくれたおかげて、のどにつかえていた赤い実が外に飛び出した。

 ハヤトは咳込みながらも、息を必死に吸い込んだ。ロルフが狂ったようにワンワン吠えてハヤトの顔や手をなめてきた。ようやく咳が落ち着くと、ハヤトはロルフに優しく語りかけ安心させてやった。
 ハヤトが無事だとわかると、犬は落ち着て尻尾を振った。

 ハヤトは体を起こすと、自分を助けてくれた女の子の方へと顔を向けた。彼女はまだハヤトの背後でおびえたように固まっている。

 「君だれ? この辺で見かけないけど。どこから来たの?」

 女の子は眉間にシワをよせると、ハヤトにはわからない言葉で何かを言った。
 言葉が通じない。ハヤトには初めての体験だった。

 ハヤトは改めて女の子を観察してみた。ハヤトより少し年上に見える。自分よりも年上でこんなに健康そうな人を初めて見た。

 彼女は妙な形の服を着ている。上下が繋がっていて、膝上あたりまでしか布がない。その下は何も履いていないのか素足が丸出しで寒そうだ。それにあの柄はなんだ。ネズミのように見える。あんな気味の悪い生き物の絵が描かれている服を着るだなんて、頭がおかしいのだろうか…?

 女の子は困ったように髪の毛をかきむしって何かを言っている。その髪の毛の色を見ていて、ハヤトは閃いた。

 この子は…、さっきハヤトが作ったドングリの女の子なのでは!!??

 ハヤトは匂いを確認するために女の子に近寄った。女の子は警戒して後ずさった。ハヤトは女の子の腕をつかんで引き寄せると手首のあたりを匂ってみた。

 やはり。

 ハヤトが創造したヒト型にはそれぞれ固有の香りがある。ハーブのようなスパイスのような香り。一つとして同じものはない。言わば品番みたいなものだ。

 ハヤトはヒト型の香が好きだった。この香が嗅ぎたいがためにヒト型を作っていると言っても過言ではないほどだ。
 だからヒト型を生成したときは必ず頬ずりしたり、口づけしたりして香を確かめている。この女の子は、さっきハヤトが作ったドングリの女の子と全く同じ香りがした。

 大丈夫、見てて、と女の子に仕草で伝えると、ハヤトは地面に落ちている枯れ葉を拾い、それを手の中でもみ崩し、ぐっと女の子の額に押し当てた。
 すると女の子の頭がガクッと後ろにのけぞり、そのまま足から崩れ落ちた。

 ハヤトは女の子の身体を受け止め、その場に座らせた。彼女はしばらくぼーっとした顔でハヤトを見ていたが、すぐに視線が定まって来た。

 「驚かして悪かった。俺が言っていることわかる?」

 女の子はうなずいた。

・・・


 のどに果実を詰まらせて死にかけていた男の子は、激しく咳込んだものの、一命を取り留めたようだ。

 とりあえずよかったけど、どうしたものかとマヤコが固まっていると、少年が振り返り何か言ったが、聞いたことがない言葉でマヤコには理解できなかった。

 「ごめん、あなたが何を言ってるかわからない…」
 パニックの波が押し寄せてくる。ただでさえ、自分の状況がわからないというのに。こんなわけのわからない場所で、しかも言葉が通じないだなんて、簡便してほしい…。マヤコは頭をかきむしって考えた。どうしたらいい?どうする?

 すると急に男の子が近寄って来たので、マヤコは警戒し後ずさった。腕をつかまれ手首をくんくんされる。
 何?何のつもり??

 少年は何かを理解したらしく、大丈夫とでも言うかのように、手のひらをマヤコに見せて微笑んだ。

 その姿の何と美しいことか!!!

 さっきは混乱状態だったので気が付かなかったが、目の前の少年は、マヤコが今まで見たことがないほどに美しい少年だったのだ。

 少年の美しさに気を取られていると、何かを額に押し当てられた。その途端に、脳内に電撃が走り、バリバリバリと頭の中で何かが剥がされ、書き換えられていくような感覚がした。

 我に返ると、少年が自分の顔を覗き込んでこう言った。

 「驚かして悪かった。俺が言っていることわかる?」

 マヤコはうなずいた。

 「よかった。大きくなっても言の葉は入るのか。ドングリの女の子? 小さい時の記憶はあるの?」

 はあ?

 マヤコはぽかんとした顔でハヤトを見返した。この子、何言ってるのかしら?絶世の美少年なのにイタイ奴なのかしら…?

 「私はマヤコ。ドングリじゃない。東京の自分の部屋にいたはずなんだけど…。ここはどこなの?」

 マヤコの返答に今度は少年が困ってしまう番だ。言葉は通じるようになったが、ほとんど話が噛み合わない。

 少年は肩をすくめると、おいでと手招きして雑木林を歩き始めた。マヤコは仕方なく少年について行く。少年の足元では彼の犬が不思議そうな顔でマヤコを振り返り、何度か視線を送って来た。

 少し歩くと小さな小屋が見えてきた。マヤコはこの小屋を知っていた。あのジオラマにあった小屋とそっくりじゃないか。
 それから、ロッキングチェアも。

 少年は小屋の扉を開けると、マヤコを中に招き入れた。
 小屋の中は、まるで海外ドラマに出てくるような、“多趣味なお父さんのガレージ” みたいな雰囲気の部屋になっていた。

 中央に大きめのダイニングテーブルがドンと置いてあり、その上には町がまるごと表現された大きなジオラマが乗っていた。

 「見てて。」
 少年は言うと、テーブルの上に落ちているネジを1本拾い、手の中でコロコロ転がした。すると、むくむくとネジの形状が変化し、不格好な人形になった。

 「嗅いでみて」
 言われるがままにマヤコは少年の手の中の人形の匂いを嗅いでみた。セージのような、お香のような、何とも言えない良い香がした。

 「こいつらには匂いがあるんだ。」少年は人形にそっと顔を寄せて、愛おしそうに頬ずりをし、チュッとキスをしてジオラマの中に置いた。

 するとどうだろう。驚くべきことに、ネジから変化した人形がスタスタとジオラマの中を歩いて行くではないか
 マヤコは息を呑んでその様子を見ていた。そして、人形が歩いて行った先を見て、さらに驚いた。

 そこには、無数の人形たちが好き勝手に動き回り、本物の町のような世界が展開されていたのだ。

 「俺はこうやって毎日ヒト型を作っている。君はさっき作ったドングリの子だ。それは間違いない。どうやって本物の人みたいになったのかはわからないけど…、後で先生に見てもらうか…。」

 マヤコは少し怖くなってきた。私を作った? あり得ない。でもさっきの何? この子、何者なの?

 その気持ちを読み取ったのか、ジオラマを凝視しているマヤコの背中に優しく手のひらを当てると、少年はこう言った。

 「怖がることはない。俺は創造神。ゆえに君を作った。創造神 ハヤトNo.8 はヒトを作る。人類を滅亡から救うため、君たち新しい人類を生み出すためにここにいる。」

(つづく)
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