見出し画像

なぜ負荷をかけるのか、なぜずらすのか、なぜ台詞を分断するのか 小林洋平


タイトルの疑問、いっぺんに答えます!
その前に、地点の稽古場でよく使われる言葉を解説します!

・負荷‥‥俳優の身体及び発語にかかる抵抗
・ずらす‥‥既製路線から外れること 
・スラッシュ・切る‥‥台詞を分断させること その手段として、SE(効果音)、合いの手、音楽、身体的負荷による間(ま)など 台本の表記はもちろん「/(スラッシュ)」が用いられる
・例外‥‥ルールから逸脱すること 作品中盤くらいから必ず例外が起きる バリエーションとも言う
・台詞が聞こえる‥‥台詞の内容がよく分かる 聞く意欲が湧く

では、いきます!

なぜ負荷をかけるのか
これはですね、しんどい方が台詞が聞こえるからです!

なぜずらすのか
これはですね、普通にやってもつまらないからです!

なぜ台詞を分断するのか
これもですね、台詞を切った方が、切ると言っても色々な切り方がありますが、例えば、他の人が合いの手を入れたり、自分で違う言葉を入れたり、生理的な間だったり、そうするとですね、想像が膨らみ、客観的になり、時には緊張感も出、そして思わぬ所で切ったら違う意味になった、なんて効果もあり、とどのつまり、よく聞こえるからです!

以上です! ありがとうございました!

わかってます!
これじゃあまりにもあんまりなので、ウサイン・ボルトを用いて例文を書きました! おもしろく書けました! 読んでください! よろしくお願いします!
あ、口調が変わります!!


ボルトをずらす

100mを走り終えたウサイン・ボルトのコメントは聞いてしまう。
偉業を成し遂げたから、というのもあるが、そればかりではない気がする。

彼が喋りだす。
走った直後なので、荒い息づかいだ。言葉が途切れる。
話している内容に特筆すべきものはない。記録達成の喜び、家族への感謝、そんなところだ。
それでも彼が沈黙した時の挙動を注視し、何を言うかと期待する。この沈黙が大事なのだ。短い間(ま)のあいだに色々なことを考える。
人類最速のスピードで走り終えたばかりだ。興奮している。多幸感に浸っているかもしれない。疲れてもいるだろう。水分は大丈夫か。観客席に誰かいるのか。
そうして私達は、彼が呼吸を整えるあいだ、想像力を働かせ、ありふれた言葉を待っている。


ところで、皆さん驚かないで下さい。実は、彼はスタートと同時にもうすでに喋り出していたのです。
何を言っているんだと思うでしょう?私も激しく同意します。
でも、もし、仮に、そうだとしたら、こんな事を思わないだろうか?
「なぜ、今、何を、喋っているんだ?」
こう思ったのなら少なくとも気になっている、もしかしたら聞く態勢が整いつつあるのかもしれない。

”On your marks.”
”Set.”
スタートのピストルが音を立てる。
ほらやはりボルトが喋っている!

「やっと静かになりました。私の父の血で赤く染まった川が、またきれいになりました。それとも、今すぐにも、ママとの戦争が新たに始まるのでしょうか。でも、私にはどうでもいいことです。もうだいぶ前から、群衆の行動の方がずっと気になっているのですから。」(ゴール!)

何だ、どうした。
これはエルフリーデ・イェリネク『スポーツ劇』の冒頭の台詞である。

これが普通に

「今日は調子がいい。足が軽い。周りの景色もよく見える。おや、あそこにコーチの息子がいる。大きくなったな。Wow!もうゴールか、おそらくWorld Recordが出るだろうな」(ゴール!)

これだと、やっぱり速いなボルトは、とこの程度の感想しかない。あと、視力もいいんだな、ぐらいか。
走っている時の思考がそのまま口から出ているだけなので意外性がない。100m走に意外性は必要ないと思うかもしれないし、そもそも全力で走っていたら何を喋っているか聞き取れないと思うかもしれない。これも激しく同意するが、思考実験にもう少しお付き合いいただきたい。

やっと静かになりました。/←(多少の息切れ)
え? スタートして、一番観客が盛り上がっているのに? そうか、集中しているんだな。
私の父の血で赤く染まった川が
ん? お父さんどうしたの? 大丈夫? 川がどうした?
またきれいになりました。それとも、今すぐにも、ママとの戦争が
‥‥いや、ママって、ボルトはマザコンだったのか、そのママと戦争?‥‥待てよ、ママって何かの比喩か?
新たに始まるのでしょうか。でも、私には
私には、どうしたの。
どうでもいいことです。
あ、どうでもいいんだ。
もうだいぶ前から、群衆の
群衆?観客でしょ。でも群衆と観客って全然違うな。
行動の方がずっと気になっているのですから。(ゴール!)
お、やっぱりスタジアムのことが気になっているんだな。にしても、群衆の行動?観客の声援じゃなくて?え?
あらら、ゴールしちゃった。なんかボルトすごいこと言ってだぞ。

整理すると、コンディションを喋るのもイェリネクの台詞を喋るのも100mの全力疾走中に何か喋っているのだから、どちらも状況はずれているし、多少息が切れて沈黙のスラッシュも入っているだろう。

聞きたくなる条件は同じだ。

しかし、興味の質が違う。言い換えれば、感動の質が違うのだ。
ボルトの口から今日のコンディションの事が漏れるよりも、イェリネクの台詞が漏れた方が想像力が働かないだろうか?
それは、イェリネクの台詞が走る事とは別だからだ。
瞬間の想像の深さが違うのだ。

つまり、冒頭の解説に照らすとこうなる。

・負荷‥‥走ることによる身体的負荷
・ずらす‥‥100m走の時に台詞を喋るという驚きと、走っている状態と異なる台詞(状況のずらし、台詞の内容のずらし)
・スラッシュ・切る‥‥走って息が切れることにより生まれる間
この間で、積極的に聞きたいと思わせ、かつイマジネーションを刺激する(聞く意欲、興味の誘発)

しかしここまで言ってきて何だが、今まで論じてきた事をひっくり返してもいいだろうか。

ボルトがWorld Recordを出すスピードで走りながら台詞を言えば、スラッシュなしでも十分聞こえてくると思う。
World Recordを保持しているのは世界で1人だけなのだ。特別な存在、ボルト。彼が喋ったら皆んな注目するよ、そりゃ。

いやいや、ここで開き直ってはいけない。
普通の人が、お魚くわえたドラネコを追っかけながら「待てー!」ではなく「やっと静かになりました‥‥」と息を切らせて喋り始めることにロマンを感じるという話しなのだから。


蛇足1‥‥100m走という短い時間であんな台詞は喋り切れないんじゃないか?と思う方がいるかもしれない。
私もそう思って今計ってみました。
「やっと静かになりました。私の父の血で赤く染まった川が、またきれいになりました。それとも、今すぐにも、ママ‥‥」ここで9秒58でした。すみません、100mでは喋り切れません。200m(19秒19)なら何とかいけると思います(そういう問題か?)。

蛇足2‥‥100m走は無呼吸だから息切れのスラッシュなんてないでしょ?と思う方がいるかもしれない。
私もそう思ってちょっと調べたが、100m走は無酸素運動だが無呼吸ではないらしい。10回くらい呼吸しているらしい。運動中に酸素の供給が間に合っていないのが無酸素運動らしい。
長々と書いたコラムが蛇足で終わってすみません。
∠( ˙-˙ )/ボルトポーズ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?