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【街角の遠隔診療】最終回 電話受診の 向こうに……

樫尾明彦(プライマリ・ケア医),宮内倫也(精神科医)

この連載について
今後広がりをみせそうな遠隔医療.しかし実際にやろうと思うと不安な点がたくさんあります.本連載ではプライマリ・ケア医と精神科医による対話から日常で遠隔診療を行うポイントを探っていきます.

前回(第5回)はこちら

30代男性.実家暮らし,既往歴特記なし.
COVID-19流行で202X年Y月からテレワークとなっていた.同年Y+1月の連休中から感染が怖くて外出できなくなり,実家の父母が外出すると,親の体に新型コロナウイルスがついているのではないかと気になるようになった.
漢方薬を半夏厚朴湯→柴胡桂枝乾姜湯→加味帰脾湯と変更してきていた.眠前にはトラゾドンを処方,毎週電話再診を継続していた.本人との電話では「だんだん落ち着いてきた」との発言があり,電話受診を隔週ごとに延ばしたところ,数日後に母親から,実はその後も本人の調子は悪そうで,連日,体調や衛生面の話題で父親と口論になってしまうとの電話相談があり,直接来院してもらうことになった.

宮内:先生から提示されたこのケースをみて,電話再診はやっぱり難しいなと思いました.声と息遣いくらいしかわからないので…….ただ,声は精神科的にとても重要で,そこに注目していって患者さんの感情を知ることもできますし,また,こちら側も声をうまく使うことで,メッセージの強弱をつけることができます.電話だと多少大げさな感じの声でよいような気もしますね.
 画面越し,つまりwebであれば,自分がどう映っているか(身体が前に出すぎていないか,顔ばかり大きくなっていないか),目線はどうか,など細かいところもしっかりと頭に入れておかねばなりません.オンラインでの目線は私も慣れていないのですが,カメラ目線にするのが適切ですね.映っている患者さんの目をみてしまうと,患者さんの画面からは治療者の顔がややうつむきがちにみえてしまいます.オンラインではカメラが患者さんの目に該当する,と覚えておきたいものです.あと,ちょっと精神科的ですが,診察の最初はピクチャーインピクチャー機能(患者さんと話す自分の顔が表示される機能)を使って,患者さんから自分がどうみえているか,背景に変なものが映っていないかなどに注意を払うとよいですね.自分の身振り手振りが画面に収まっているか,患者さんの注意を削ぐようなヘンテコな置物や本などがないか,などいろいろ注意事項はあります.

樫尾:この患者さんは顔のみえない電話受診だったので,もし画面越しであればもう少し非言語のコミュニケーションもできたのかも知れません.声については,残念ながら,感情の変化は結果的には把握できなかったです.電話受診の間隔を延ばすことを提案したところ,とくにためらう様子は感じられずに了承してもらえたので,大丈夫かなと思った矢先の家族からの電話でした.30代の患者さんだと,家族との関係をたずねるのはちょっとハードルがあるかも知れませんが,「ご家族とはどう話していますか」くらいに確認しておいてもよかったかなとは思っています.本人と家族との現状の認識に乖離があったことも考えられますね…….

宮内:強迫性障害的な患者さんであれば,10代くらいからそういう傾向のあることが多いようにも思います(多くの精神疾患は若いときに発症 1)するので).とはいえ本人と家族の話がぜんぜん違うというのは往々にしてあ
ることなので,それを予期してうまく抑えていくのは難しいですね…….この患者さんは来てもらってどのように診ていかれたのですか?

樫尾:まず来院してもらって血液検査をしましたが,甲状腺機能,電解質,血算含めて正常範囲でした.電話受診の際にも,夜眠れずに朝起きられず生活リズムが崩れていたとのことで,漢方薬とその後トラゾドンも開始していました.いったん睡眠や意欲も戻りかけていたという認識があったのですが,その後嘔吐と下痢の胃腸炎症状がひどくなって,病院の内科病棟に紹介入院になりました.入院での検査は大きな異常なく,補液治療で5日間ほどで退院となりました.

宮内:以前から強迫傾向や強い不安があり,ギリギリ耐えていたところCOVID-19をきっかけに発症に至ったのであればそれなりの治療をするのも方法の1つでしょうけれども(絶対に,ではありません),そうではなく今回に限りであれば,強迫のループなどを説明して「あなたもこういうところがありませんか?」とたずねてみて,そこから少しずつ考え方のクセをみつめていくようにするのも方法ですね.最近は不安やうつに対するセルフケアのスマートフォン用アプリ(Awarefyなど)もあるので,患者さんが乗り気ならそういうのを使っていってもよいのかも知れません.

樫尾:セルフケアのアプリは今後長く続きそうなwithコロナの状況で意義が大きそうです.この患者さんは,COVID-19の流行以前は,ややきれい好きくらいの傾向はあるもののとくにそれで日常生活に妨げになるようなことはなかったとのことでした.退院後またじっくり対応しようと考えていましたが,なかなか仕事が手につかない,食欲も日によってムラがあり食べない日は昼過ぎまで寝床にいるとのことで,家族から精神科の紹介希望があり,本人も了承されました.希死念慮や自殺企図はなく,躁のエピソードもとくにありませんでしたが,『対話で学ぶ精神症状の診かた』 2) にもでてきた「精神科に紹介する状況(表1)」も参照しつつでしたが,患者さんやご家族から,精神科紹介の希望がでたのも大きかったです.

図1

宮内:そうなのですね.改善が乏しく紹介の希望があるのなら,プライマリ・ケアで抱え続けないのがベターだと思います.遠隔診療が広がりつつある昨今でも,やはり「ここぞのときは来院してもらう」という決心は必要ですね.そのタイミングを治療者が外さないようにしなければなりません.
 また,対面だと患者さんにいろんな資料を渡すことができますが,遠隔診療だとそれが難しいという意見もあります.それについては,病院のアドレスから患者さんに資料を添付したメールを送る,ホームページに資料のページを作ってそこからダウンロードするように伝える,などがありますが,webに疎い患者さんだとちょっと厳しいかも知れません.この辺りは,遠隔診療のなかでも診療の質に差が生じてしまうように感じます.これからの課題といったところでしょうか.

樫尾:たしかに電話や遠隔診療だと,患者さんもこちらも得られる情報が限られており,そこを埋める方策が必要ですね.今回,宮内先生が冒頭で指摘されたとおり,電話診療の難しさを痛感したケースでした.家族から報告があって,直接来院に切り替えたのですが,本人のみとの電話診療を継続していたら,来院のタイミングも逃していたかも知れません.また,紹介した心療内科のクリニックからは,クリニックよりも再度内科的な精査も含めて入院も検討しつつ,病院の精神科外来の受診を勧められました.COVID-19の影響か,心療内科への紹介も増えているとのことです.病院の精神科外来はすぐに予約受診とはいかず,それまでは当院でもこまめに経過をみていく予定です.

宮内:そういう経緯になったのですね.紹介するときもそれでオシマイではなく,先生のように経過をしっかりみながら,というのが大事だと思います.精神科や心療内科は患者さん側が抵抗を感じてしまうことも多いので,紹介時はそこを汲んで丁寧に行っていただけると,精神科医として助かります.

樫尾:そうですね,この患者さんはご両親の心配が強くて精神科紹介になった印象で,本人も了承はしていましたが,紹介受診後も併診していきたいですね.しばらくは電話診療ではなく定期的に来院してもらって,経過をみていきたいと思います.

今回のまとめ

・電話受診の場合は患者の声にとくに注意を向けて感情を読みとるように心 がける.自分の声も強弱をつけてしっかりと伝えよう.テレビ電話の場合 は自分の目線にも気を配ろう.
・遠隔医療が広がりつつあるなかでも,来院してもらうことや他科への紹介 について,タイミングを考えて必要性を感じたらためらわないこと.
・伝えきれない情報は,アプリを使ったり資料を紹介して補うのも1つの手 段.

参考文献
1) Casey BJ,Oliveri ME,Insel T:A neurodevelopmental perspective on the research domain criteria(RDoC)framework.Biol Psychiatry.76(5):350-353,2014.
2) 宮内倫也,樫尾明彦(著):対話で学ぶ精神症状の診かた.南山堂,東京,2019.

※本内容は「治療」2021年2月号に掲載されたものをnote用に編集したものです


本連載の著者2人が書き上げた,
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連載第1回はこちら

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