50代の転勤:生き方のギアチェンジ!

教員です。53歳で新しい学校へ転勤したこの春。しかし、既に柔軟性は失われ、なかなか新しいシステムに慣れることができません。配属されたチームは大半が20代。今までは仕事が降ってわいてきたのに、私に与えられていた仕事は内容も量も今までの半分以下でした。

  50代の痛~いコミュ力  

コロナ禍で歓送迎会等もなく、職場の人と打ち解けて話すことがなかなかできませんでした。

一緒に転勤してきた先生たちが唯一の心の支え。自分から周囲の雑談に加わろうとしていた時期もありましたが、周囲は20代。ちょっと浮いているのがわかりました。

いきなり50代のおばさんに話しかけられたら戸惑いますよね。

私の年齢は教員採用数が抑えられていた時期なので、周囲に同じくらいの50代前半~半ばの方はいません。逆に60歳を超えた再任用の先生は山のようにいらっしゃいます。でも、その方々もその年齢にわかるような話題で盛り上がっているので、入り込める雰囲気ではありません。

これまでの職場は20代の先生たちとも結構楽しくふれあってきたし、気心に知れた同僚がたくさんいたので、本当に最初は寂しかったです。

やはり職場は一日のほとんどを過ごす場所なので、雑談するなどのちょっとしたリラックスの時間が本当に必要なのだと思い知りました。

でも、今ではすっかり気持ちを入れ替え、仕事をきっちりやることだけに集中しています。

20代とは能力が違う!!

周囲の20代の先生たち、本当に優秀です。

なんといっても、パソコン仕事の素早さ!私の数倍の速さでやってのけます。私がノソノソ打ち込んでいると「あ、かわってください」と数秒でやってくれます。

周囲に私のような老人がいないので、見ていてイライラするようです。

また、私が老眼で細かい字が見えないこと、すぐに言葉が出てこないことにも驚いてしまうようです。

私自身も自分がこんなに老いているんだなあと若い人たちの間にいると思い知りました。

だから、この若い人だらけの職場にきたのはラッキーだったと思います。

自己認識を変える

私の母が53歳のころ、もう母には孫(私の子ども)がいました。それを考えると今の自分は「おばあちゃん」です。

今までは職場でもそれなりに頼りにされてきたという認識があり、なんだかまだやれる気になっていました。でも、転勤してみて、一人で淡々と仕事をやれるようになると、改めて自分の能力のありのままを見つめることができました。

一人で寂しいとか言っている場合ではありません。

職場にいさせて働かせてもらっているだけで、職場には感謝なのです。仕事はきちんと行い、生徒にも職場にも貢献する、ここに集中すればいいのです。

承認欲求と自尊欲求を捨てる

こんな迷いの中にあった私に、素晴らしい本との出会いがありました。

本書では「承認欲求と自尊欲求」を50代からは捨て去ることの重要性が述べられています。

確かに私が寂しさを感じるのも、この二つの欲求が満たされていないからだと気づきました。でも、仕事の引退を迎えつつある50代がこの欲求を持ち続けることこそ恥ずかしいことだと思います。

そして、目から鱗が落ちたのは、「マズローの欲求5段階説」の最上位、「自己実現」とは、下位欲求を超越したところにある、という点です。

私は、下位欲求を満たしてはじめて、自己実現へ向かえるのかと考えていました。そのように講義で話したこともあります。しかし、「自尊」「承認」を超越してはじめて、最も上位の場所へ行けるという考え方の方が理にかなっています。

夏目漱石も晩年(漱石は50代を知らずに亡くなっていますが・・)「則天去私」を唱えています。何度も授業で教えてきましたが、私も漱石の「則天去私」を自分の在り方の根本に据えたいと思います。

でも、まだまだ煩悩が捨てきれないなあ。

こうして2021年は終わっていきます。

ありがとうございました。来年こそコロナが収束し、海外への旅に出ることができるといいなあ(すでに煩悩爆発中!)



                         

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