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高校国語の授業改革は本当に必要なんだけど

先日、地元の国語教育研究会に出席しました。
多くの学びを得たので、ここにメモしておきます。

新学習指導要領の改訂に向けて

 一時間半の講演の中で、心に響いたことをメモしておきます。

・日本の学校制度がはじまった学制発布か(1872年)から73年後の昭和22年(1947年)に「学校教育法」)が制定された。
 そして、それから73年後の今年、COVED19により、教育制度はじまって以来の一斉休校。今回の新学習指導要領の改訂に向けて、学校教育のパラダイムシフトが起こる。

・前々回の学習指導要領から「生きる力の育成」が目標とされ、目標に準拠した評価をめざすため、平均点を出すことを辞めた(高等学校では平成16年)。まだ、平均点を出している学校があるとすれば、方向性が全く違う、とのこと。(ドキ!)

・今回(平成30年度告示)の学習指導要領ではカリキュラム・マネジメントが重視されている。学校全体においても各教科においても、生徒一人ひとりに学力保証を行わなければならないため、学習内容も明示化しなければならない。教科においても、生徒に身に着けさせる「資質・能力」を明示する。学校説明会では、どのような能力をつけさせるかを説明する。(ドキ!)

・「私の授業では」という考えは必要ない。国語科全体で年間学習計画をつくり、どの教員も同じ方向性で授業を行っていくこと。

・学校の実態に合った指導を行う。たとえば、同じ教材を3回使うことも可能であり、新しい教材を読む労力を省いて、身につけさせたい「資質・能力」に応じた授業で繰り返しの指導ができる。

・生徒に「闇討ち」をしない。どのような学習をすれば「B]評価が出るのかを前もって告知する。ただし、「A」評価は青天井である。「B」をクリアした先には様々な形態の「A」評価がある。「こうすればAがとれるよ」などとは絶対に言わない。(Bがクリアできない生徒にはC評価がある、ということでしょう・・・)

・高校生の嫌いな教科第一位は「古典」(ドキ!)。実に70パーセントの生徒が嫌っている。古典教育は国の根幹として非常に大切なので、これではいけない。現在の「国語総合」も国語としての古典を目指しているが、まさか「現代文」と「古典」を分けてないでしょうな??(ドキ!)とのこと。

・再来年からの指導要領国語では、【話すこと・聞くこと】【書くこと】【読むこと】の各領域で単位時間数が決められている。これを守らないと「未履修になりますよ!」とのこと・・・。

・身につけさせたい「資質・能力」中心に授業を組み立て、評価を行っていけば、定期試験は必要なくなるOR試験回数を減らせる。そもそも日本の学校は試験をやりすぎている。

・ワークシートを作って授業をしてはいけない(ドキ!!!!)ワークシートは教師にとっては都合がいいが、生徒の思考の幅を狭める。生徒にはノートをとらせる。どんなノートの取り方がいいかも含めて、学びである。

・高校国語では「語彙」を深めていく。

・学習指導要領解説の「付録」を必ず熟読すること。

変化できるところから・・

 毎日、授業が退屈だよなあと感じていたタイミングで研究会に出席できて、とてもラッキーでした。自分が高校生だった30年以上前から授業はそんなに変わっていない、これは異常だと思っています。

 自分の授業で、できるところから変えていきたい。

 自分はいわゆる進学校勤務ではありません。どちらかというと勉強が苦手な生徒がほとんどの学校に勤務しております。そのため、ついつい、生徒が喜ぶようなワークシートを作ってしまっています。でも、未来のためにはやはりノートがいい・・。

 わかってはいるのですが、生徒たちは頭を使うことよりも作業的な内容の方が好きで、喜びます。ゴールがはっきりしているからでしょう。

わからない場合は正々堂々と「わかりません」と言います。それさえ言わないで黙ってしまう生徒も多いです。

彼らを前に、「先の見えない世界で生きるため、正解のない問いに挑戦してごらん」的な授業をするのはなかなか難しいところです。でも、難しいとばかり言ってもいられません。

 今までも様々な挑戦を授業で行い、いっぱい失敗してきた自分です。これからも挑戦して失敗して・・の繰り返しですね、きっと。





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