生活のなかで「しあわせ」と「もうこれで充分やんか」と感じていたことに気づきまして。
いまは大きな夢とか、目指したい目標もなくて。
そんなものがなくっても、暮らし自体を楽しめる人生が最強やなと最近ますます思うので、毎日を楽しみたい。
35年の人生でそこに照準をあてたことがないので、ある意味挑戦なのかもしれません。いつも目の前の暮らしや生活よりも、遠くの大きな夢や目標を追い求め続けてきたので…。
そして、良い仕事をしたい。派手さはなくとも、良い仕事を。
毎日の生活に追われていると、あっという間に時間がすぎて。なんともう1月も終盤にさしかかってしまいました。
最後に書いたnoteが大晦日にアップしたのもので、読み返してみるとすでにちょっと忘れてて衝撃!!
ふむふむ、確かにそうやんな、せやったせやった、そう感じているんだった‥とちょっと前の自分に教えられました。
そんな忙しない毎日のなかで、ふっと「しあわせ」「もうこれで充分やんか」と感じる瞬間があります。
それは例えば、夫と息子3人でたわいないテレビを見て爆笑しているときだったり。息子がおおきなくちでごはんを頬張っている姿だったり。夜中に夫と小さい声であほな話をしてくすくす笑っている時だったり…。
これまでの人生でもきっとあったであろう、ささいな一瞬。大切なひとと、何気なくしている会話やぬくもり。
自分が小さい頃は両親と、大きくなったら友達や同僚と。
たくさんの瞬間をきっと積み重ねているはずで、それこそが「しあわせ」以外のなにものでもなかった。
わたしは小さい頃からそういうものよりも、いつ叶うともしれない大きな夢を目指して頑張ってきて。それはかけがえのない経験と時間をくれたけれど、ひとつクリアしたら次!!
目の前のことよりも、先を見続けて、結局途中で疲れ果ててしまったのでした。
そのころの生活ぶりは今よりもひどく、衣食住どれもぐっちゃりしていた。食べるものも着るものも適当、部屋は散らかり放題。安らぐ暇なし。
今は、生活基盤を整えることがいちばん大切だと感じます。疲れた心身を落ち着ける食事に部屋。少なくても高くなくても、着たいと思う服。
大切なひととの何気ない瞬間と、土台となる日々の生活。
見過ごしがちな小さなことを、できるだけひとつひとつ噛みしめたい。それをこつこつ書いていきたい。
2019年の終わりに感じたこと、忘れかけていたようでしっかり自分のなかにありました。
*
とはいえ、今年も仕事も家庭も忙しくなるのは明らか。職場のポジションも変わりそうだし、ふく江さんでのライター業もインタビュー記事など新しい取り組みをはじめます。
息子の保育園は春から変わるし(2歳児までの園なので)、夫の異動だって無いとは言い切れない。
両親もそれぞれ仕事に忙しくしているし、なんとかその合間を縫って助け合いながら生きる日々です。子どもが小さいと熱やらなんやらで、もう「猫の手も借りたいから猫さん来てーー!!」と叫びたくなる日もしょっちゅう。ニャー…
今年の宝塚はじめは雪組公演でした。来月は星組を観に行って、そのあとはしばらく大劇場へを運ぶのは控えようかと。
「noteを書けてない!!」という罪悪感すらここのところ無くなっていたので、罪悪感を持つ必要はないけれどマメに書くことは忘れちゃいかん!と喝!
そんなわたしですが、2020年もよろしくお願いいたします。今年は年女で、厄年であります。我が干支、ねずみのように、今年もちょまちょまがんばります。
イトウカヌレ
ここまで読んでくださり、ありがとうございます♡いただいたサポートは、心身のコンディションを整えるために大切に使わせていただきます。(鍼灸代、治療費、書籍費、一息つくためのコーヒー代など)