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「間違い探し」


「それ新しい時計?」
「うん、そうだよ」
「へぇ、なかなか似合ってるじゃん」

彼女は人の変化によく気がつく。
反対に自分は、周囲の人たちが指摘したことでやっと気づくくらい人の変化に鈍感だ。

友達が言うにはもう少し相手を観察したほうがいいとのこと。
でも、相手をあまりジロジロ見るようなことはしたくない。
何より恥ずかしい。

「うん、ありがとう」
お返しに何か変化に気がつけたら、なんてふうに思いながら今日もさして変化はないと決めかける。

「あっ、それぼっちくんキーホルダーじゃん」
他の女子が彼女に声をかける。
砂埃で有名な場所のマスコットキャラクターらしく、頭には藁の帽子らしきものを被っている。

それからその場にいるには少しばかり会話の輪が女子二人だけになってしまったので、その場から離れることにする。
「また明日」
それを察して彼女から声を掛けてくれる。
「うん、またね」

HRが終わってもまだ外は明るい。
できることならもう少し外の暑さが落ち着いてから帰りたい。
どこかでお茶をしながら涼むのもいいけれど、なにぶんお金がかかる。

新しい時計も買ってしまったから、懐事情はあまりよろしくない。あと数時間で涼しくなることを期待して図書室に行くことにした。

「あれ、帰らなかったの」
また明日と言ったことが何やら不思議なやり取りに思えてしまう。彼女も図書室に足を運んできた。

涼むためとは違うらしく、調べものをするためにと正当な理由で図書室を利用しに来ていた。
「よかったら探すの手伝おうか」

何をするというわけでもなかったので、図書室にいる理由を作るために提案をしてみる。
普段の変化に気がつけないぶん、こういうときに何か出来たらいいのではないか。

「えっ、いいの、ありがとう」
それから本が見つかるのはあっという間で、彼女が本を読み始め、会話を切り出す理由が見当たらないまま数分が過ぎた。
意図せず手にとった本の内容なんて当然頭に入ってこない。

「なんで時計とかの変化にすぐ気がつくの」
おかしな質問だと口にしたあとに後悔する。
だったらはじめから口に出さなければよかった。

「私、間違い探しが得意なの」
調べ物の本をパタリと閉じると、その本を置いたまま確かな足取りで本棚の方へ消えていく。
そして間違い探しの本を持ち出してくる。

「ちょっとやってみる」
左のページに対して右のページが違うらしい。
例えば人や動物、景色に模様。
色んなものに些細な変化があって、それを見つけ出すために見開きの端から端までを見渡す。

一つ二つは簡単に見つかる。けれども残りが見つからない。
「そんなに難しく考えることないよ」
彼女は間違いを見つけられない自分にそれらしいヒントや見つけ方のコツを伝授してくれた。

「やっと見つかった」
それでやっと一問。
これがあといくつもあるかと思うと、どれだけの時間が必要になることだろうと想像を働かせてしまう。

「もうこんな時間」
簡単な間違い探しの問題みたく時計の針は二時間後を指し示していた。
本人よりも隣にいる彼女が時計の変化に気がつく。

「あれ、髪留め右側につけてなかったっけ」
図書室に入ってきたときの彼女の髪の毛の分け目は右側だった気がする。

「あっ、やっと気がついてくれた」
にっと彼女が笑った。
それはわかりやすい変化を用意してくれた彼女の優しさだった。
彼女の変化に気がつくことのできたことに嬉しさが込み上げた。

美味しいご飯を食べます。