ここらで一杯
蕎麦屋で一杯やりたい魚亭ペン太です。
天ぷらと一緒に日本酒でのんび~りしたい。もりそばをズズーっと。
ずずずーっと、ずーっといつまでも啜るわけにもいきませんが、
反対に、立ち食いそば屋でさっさと食べてかっこよく退店というのもなんだか粋でいい。
店で長居をするかどうかはその人の体感時間や価値観によるでしょうけれども、その相手をする方はいつ帰るのかソワソワするのが相場。
ましてや閉店間際に入ってくるお客さんには複雑な気持ちになる。そう思うのは仕方ないですね。人間ですから。
そこをうまいことやれるのが、上手な商売人なんですかね。
「おい、まだ開いてるかい」
「へぇ、まだ」
「なんだい、そう元気のねぇ商売はいけねぇな」
「へぇ」
「そばを一杯」
「では、ただいま」
「おいおい、商売っ気がないな、そこは『他には』と聞くものだろう。そしたらこっちは『じゃあ頼もう』となる」
「へぇ、他には」
「お調子一本つけてくれ」
「では、それで」
「バカ野郎っ。そこはもう一度『以上で?』と聞くところだろう」
「へぇ、以上で?」
「天ぷらを食べたいね、かぼちゃで頼むよ」
「へぇ、それでは」
「えー、なんだいこの店は、やる気が無いね。店がどうなってもいいのかね。もうすぐ店じまいだからって飲んでやがったな、ありゃ。道楽で店を構えてるのかね……、おい、お調子は」
「いま、茹でてますので」
「おいおい、そばはあとでいいんだよ。こういうときは先に酒を持ってくるんだ。このかぼちゃ」
「かぼちゃを先にしますか」
「違う違う、かぼちゃはお調子のあとだよ」
「では『このかぼちゃ』というのは」
「お前のこったい」
「物がわからずすみません。では、お調子を」
「うん、それでいい。……さっ、いただこうか……なんだ、そばの匂いがするな。そうか、湯がもったいねぇからってお調子茹でやがったな。おいっ」
「はいっ、およびでしょうか」
「ん、なんだ、小僧はお呼びでないぞ」
「実のところ、旦那はちょいと具合が悪いもんですから、代わりに私が」
「なんだ、そうかい。しかしまぁ、お前も大変だな、あんなかぼちゃ野郎の下で働くなんざ。ちゃんとお給金は貰ってるのか」
「お給金は少ないですが、まかないを頂けますんで」
「胃袋掴まされてちゃ仕方ないな。しかしよ、そういうのは野郎じゃなくて女にしなよ」
「はぁ」
「それはそうと、かぼちゃはどうした」
「かぼちゃは今、衣をつけています」
「なに、懇切丁寧に説明しなくていいんだよ。今揚げていると言えばいいんだ。そしたら楽しみにしながら酒が飲める……たくっ、変な店だな。小僧の方方も少し飲んでたな、ありゃ。……おい、かぼちゃはあがったか」
「いま、躊躇ってます」
「おいおい、石川五右衛門じゃないんだ、何を躊躇うんだ。衣をつけて油の鍋に入れるだけだろう」
「はい、衣はつけたのですが、なかなか踏み込めなくて」
「なんだよ、腕に自信ががないなら素直にいいなよ。許してやるから」
「いえ、旦那の覚悟が決まらず……」
「だから……えっ?なに?旦那は先にあがったんだろう」
「まだあがってません」
「ならなんでお前にやらせる……わかったよ、天ぷらは、いいから蕎麦をくれ……こりゃ酔っていて物がわからないんだな。まぁ、こっちも飲めるんだからいいやな……おい、蕎麦はまだかい、随分待たせるね」
「はい、今、旦那が着替えてますので」
美味しいご飯を食べます。